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三月二十四日 晴れ 成田→厦門 5時45分起床。鈴木親子と一緒に成田空港へ。途中の大手町駅で喜一さんが切符を無くす。歩ちゃんに「切符の意味ないじゃん!!」とおこられる。喜一さん「切符はいつも右のポケットに・・・」と言い訳をするが「超おわってる!!」とバッサリ。みんなの航空券並びにビザをこの人が持っていて大丈夫なのだろうか?一抹の不安を抱きながら成田エクスプレスで空港へ。斜め後ろに陣取っているオバチャン集団が車窓の向こうの橋がベイブリッジかレインボーブリッジかで盛り上がっていた。どちらも違うだろう。空港には既に全員そろっていた。 現地時間(-1時間の時差)の2時過ぎに厦門国際空港に到着。王さんと超さん(通称チヨちゃん)が迎えに来てくれていた。小型バス(トヨタ)に乗り込み一路厦門大学へ。今日はこの大学の宿泊施設に泊まる予定。途中、巨大な建物が車窓を流れて行く。 厦門大学は聞く所によると4万人(学生、職員とその家族)もの人がその広大な土地で暮しているという。敷地内にはお店、幼稚園、やたらと生活感のある集合住宅群があり、もー、これは一つの都市だ。宿泊施設に到着するやいなや、ここの建築学科の先生方&学生さん達と懇親会。喜一さん、大橋さん、三好さんが円卓にすわり、王さんが通訳。他の団員は後に陣取りスケッチモードに突入。先生方の似顔絵大会になる。懇親会の後、大学校内の見学をして、7時頃に大学内のレストランで夕ご飯。 |
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三月二十五日 晴れ 厦門→承啓楼 早起きして散歩、と言う手もあったが7時半まで熟睡(でも大橋さん、田中さん、小野さんの写真班は早起きして撮影したらしい)。8時に朝ご飯を食べる。朝から食欲全開(ボクだけ?)。やっぱ中国に来たら太って帰っちゃうのもやむを得ないだろう。さー、満腹になった所で今回の旅の前半最大のイベントである“厦門大学特別講座”だ!寝泊まりした所からしばし歩いた所にある芸術学院へ。会場である教室は聴講する学生で溢れんばかり、熱気むんむん。ウチの大学にゃ無いなー、この熱気。喜一さん、大橋さん、王さんが前に座って講義開始。建築塾講師陣の講義を王さんがスパイスをきかせながら通訳。王さんご苦労様。9時〜11時の予定が、質問タイムも含めて12時まで延長する。 12:30にお昼ご飯。カエルはもちろん、砂虫、鼠までも食材として食卓にのぼる。砂虫(多分ゴカイの仲間、ということはミミズの仲間!)なんてそのまんまの姿で、よーく見ると小さな口までついていた。けれどこれがうまいんだ。でもってまたまた満腹。さてお腹もイッパイになった所で出発!バスは賑やかな市街を抜け、川を渡り、一路客家の地を目指した。 途中、慣れないコーヒーを飲んで田中さんが気分を悪くするも、それ以外はつつがなくバスは走り続ける。どのくらい乗っていただろう?山間に普通の民家とは明らかに違う形の「それ」が見えてきたのだ。土楼である。しばらく行くと土楼の数が増え始める。まず東昇楼を見学。初めての土楼。楼の中に入ると其処には丸い中庭と丸い空があった。その形状に圧倒されてしばしボーッとしていると子供たちが人なつっこい笑みを浮かべながら寄ってくる。 6時20分、承啓楼に到着。ここでチャカ語(客家語)を話せる王さん(通称オウちゃん)と合流。辺りはもう真っ暗。入り口にいたおじいさんが「どうぞ」と日本語を話してくる。なんで日本語を話すのだろう?観光地だから?それとももっと歴史的な理由?振る舞われた茶を飲んでいると、別の男性がボロボロの雑誌を見せてくる。承啓楼のことについて書いた日本の雑誌だった。「この前来た時もこれを見せてくれたよ」と喜一さん。雑誌の写真をよく見ると持ってきたオジサンが写っていた。「これあなたでしょ」と写真を指し示すと彼はちょっと得意げに、しかしちょっとはずかしげにうなずいてみせた。今夜は一人一部屋。どの部屋も「さっきまで人が住んでたでしょ」というくらい生活感のあるもの。ボクの部屋は4階。窓の外からはカエルと蟲の合唱が聞こえて来る。しばしそれに耳を傾け、部屋を出る。中庭の方を眺めると下の方からいろんな音が聞こえて来くる。食器の音、水を流す音、テレビの音、笑い声・・・・。夜空にはたくさんの星が瞬いていた。 |
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三月二十六日 快晴 承啓楼→環極楼→衍香楼→振成楼 8時に朝ご飯。その後承啓楼の周りをブラブラして、9時40分出発。10時半、環極楼に到着。楼の中の広場の真ん中に小さな円が描かれてあり、そこに立って声を出すと楼全体に響く、という仕組み。次に衍香楼に行く。ここではスケッチ班と写真班に分かれる。1時前に振成楼に付く。近所の食堂でお昼ご飯。ここら辺で取れるという山菜にとタケノコに人気が集中。特に山菜の方はニンニクと一緒に炒めてあり、汁が紫色で、すこしヌメリ気のある食感がたまらない。お昼ご飯の後はここら辺を散策。今日はここ振成楼に泊まるのでゆっくりできる。 3時頃から場所を決めてスケッチを始める。すると茶わんを持った女の子がスケッチブックをのぞきこんでくる。しばらくすると今度は他の子供が寄ってくる。いつでもどこでも子供は好奇心旺盛だ。そして最後に大人達が寄ってきて筆談が始まる。また中国の漢字は簡体漢字なのと、こっちの人がみんな達筆なのとが合間って解読するのは一苦労だ。山口さんと村上さんが来たので近くの街までフラつくことにする。街は何処も彼処も工事中だった。土楼を見に来る観光客を見込んで立て替えているのだろうか?どの建物も最近流行り(?)の四角くて表面にタイルを貼るヤツだった。店主がやたらと明るい雑貨屋で何となくジュースを買う。山口さん、目敏く風水付メジャーを見つける。これは彼女にとって今回の旅行の目的の一つだったらしく厦門から頻りと「風水付メジャー、風水付メジャー」と連呼していた。時間がまだあったので街の向こう側まで行こうとするが猛スピードで脇を走り去っていくトラックに危険を感じ引き返す事にする。7時頃にお昼ご飯を食べた食堂に帰ってくる。夕ご飯の後にスケッチの講評会。すると食堂の主人も山水画コレクションをいっぱい持ち出してくる。わいわい言いながらテーブルの上は大小様々な絵で埋まる。食堂のはじっこでは、つけっ放しのテレビが戦争の最新戦況を伝えていた。 |
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三月二十七日 晴れ 振成楼→初渓村→永定 9時に振成楼を出発。煙草畑や棚田が一望できる所を通る。途中何度か写真撮影の為に停車しつつ土楼郡がある初渓村へ。まずは村が一望できる高台にむかう。まるでUFOの船団が舞い降りたかのような眺め。お昼ご飯は初渓村で。小学校の向の食堂で食べる。台所は外に置かれてあり、若いコックがボク達のお昼ご飯を作っている。お昼休みであろうか?小学校の子供たちが、まるで紙芝居でも見るかのように調理の様子を眺めている。たらふく食べ、「ちょっとスケッチでもしようかな?」と思いスケッチブックを開いているとあっという間に小学生達に取り囲まれる。しょうがないので子供の似顔絵でも描く事にする。が、いざ描こうとすると子供たちはいたずらっぽい笑みを浮かべて他の子の後ろに隠れてしまうのだ。別の子を描こうとするとまた隠れてしまう。そんなやり取りを繰り返しつつ、それでも何人か描いた。立ち上がるとちょうど授業開始のベルが鳴り、子供たちは元気よく校舎に走り去って行く。次にボクはこの村へのアプローチをスケッチする事にする。4時前に永定賓館(★★★)に向けて出発し5時半頃到着。到着早々に雨が降りだす。実に四日ぶりのシャワーを浴びる。部屋によってはお湯が出ない等のトラブルがあったらしいがボクらの所は大丈夫だった。ただシャワーは和式(?)便所の上でする形になっていた。夕ご飯の後、生まれて初めてのマッサージを体験する。指圧が苦手なので「どんなもんかなぁ」と思っていたが、終わりの頃には身体がポカポカしてきて気持ちが良い。他の人はちょっぴり夜遊びに繰り出すような事を言っていたが、ボクはそのまま就寝。後日判明した事だが村上さんここのホテルで25ヶ所ダニにくわれる。 |
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三月二十八日 雨 永定→馥馨楼→遺経楼→龍岩 朝から雨。朝ご飯で龍眼と言うライチみたいな果物を食べる。9時20分に出発。馥馨楼に寄る。ここは火事で外壁がほとんど崩れていた。ここの厠所が迫力満点だった。何てったってウ○○の海の上に板が渡しているだけなので、一歩間違えれば地獄の底へ真っ逆さまだ。今日みたいに雨が降って足下が滑りやすい時は細心の注意を払わなければいけない。 途中、市場に立ち寄る。ありとあらゆる物が売られているし、とにかく賑わいまくっている。ここで村上さん、ベルトを購入(しかし30分後に壊れる)。道すがらの食堂でお昼ご飯。1時20分、遺経楼到着。四角い土楼の中でかなり大きい部類にはいるらしい。遺経とは「経験を遺そう」という意味だそうな。その昔、国民党軍に追われた共産党軍がここに逃げ込んだそうだ。壁にはその時の弾痕が残っていた。建物内をうろついていると、山口さんが手招きをするではないか。何かを嗅ぎつけたらしい。山口さんと言えば「霊感の山口」である。連れていかれたのは最上階の、とある部屋。中は埃っぽく、小さな窓だけが光源となっていた。床には紙切れが散乱し、部屋の真ん中には謎の窪みがある。壁には「毛首席に永遠に忠誠を誓う」といった意味の文が書きつけてあり、部屋の外には壊れたベットが無造作に置かれている。「座敷牢だ」「いや隔離部屋だ」様々な憶測が飛び交う。村上さん「左ひざが痛い!」という怪奇現象に見舞われるが、祟っているのは日ごろの運動不足ではあるまいか?まあ、そんなこんなでワイワイやりつつ次の西陂村の天后宮へ。建物の前にはちょうど日本の狛犬のようなのがいたのですかさずスケッチ。隣の小学校からラジオ体操と思しき音楽が流れてくる。「イー、アル、サン、スー」という掛け声が心地よく、眠気を誘う。続いて大夫第へ。中庭の壁側に照普光神という神様が鎮座していた。特徴的なお顔だったのでまたまたスケッチ。今日は置き物系のスケッチの日だなぁ。6時頃、龍岩の長城賓館に着く。ここは★★であったが昨日のホテルよりも明らかに上等。7時から夕ご飯。 |
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三月二十九日 晴れ 龍岩→長汀 7時半朝ご飯。8時出発。市場を通り抜け四堡に到着。取り合えずお昼ご飯。犬を食べる。味は美味しかったが、やはりと言うか、あまり売れなかった。四堡雕版印刷基地へ。入るといきなり大きな本の置き物にIntroductionが英語で書かれてある。んー。この近辺をしばしブラブラ。河鳴錦里と門にある家に入る。二重三重に棟があり、ちょっと迷路みたい。しばし彷徨っていると家畜小屋らしき場所にでる。ブーちゃんが戸のすき間から鼻を突きだしてくる。ブーブー。迷いながらも入り口の所に戻ると村の人に囲まれながら大橋さんが子供の写真を撮っていた。腰掛けてると村の男の人が煙草を勧めてくる。ボクは吸わないのだがせっかくの申し出を断るのも可愛くないので一本もらう。案の定、クラクラくる。ちょっとフラつく足でバスに戻る。 培田村。観光地らしく村の入り口には素っ気無い駐車場が設けてあった。村は全体的に清潔感がある、といっても観光地の嫌らしさはあまり感じられない。三台拱瑞と書いてある家でまず狛犬スケッチ。家の中では村上さんが既にスケッチを始めていた。その横に子供がまとわりついている。ボクも描かなくてはと思い、中庭に座ってスケッチブックを開く。するとさっきの子が来て頻りとスケッチブックを覗き込んでくる。ノートの紙を「描いていいよ」と一枚あげる。そのお姉ちゃんが来る。さっきの子はもう創作活動に熱中している。カメラを向けても顔を上げる様子は無い。お姉ちゃんの方はボクにペットの蚕を見せてくれ「どっから来たの?」(多分)と質問してくる。「我是日本人」と書いて答える。ぞくぞくと家の人集まってきて筆談タイムとなる。いろいろ何か言ってくるが、始めは見当がつかず「ティンプトン(わかりましぇん)」を繰り返す。ボクが書いた「我是日本人」を指さし「ウォーシーリーベンレン」とゆっくり発音する。これくらいならボクでもわかる。つづいて「土話」と書き「トホァニーパンニェ」と言う。どうやら方言を教えてくれているらしい。ニーパン……ニッポンじゃん!「あー、ニーパンニェ!トホァニーパンニェ!」家の人は「やっとわかったか」という感じでニコニコ笑みを浮かべる。ボクは嬉しくなって「ニーパンニェ、ニーパンニェ」と連呼すると、発音がおかしいらしく、さっきのお姉ちゃんが笑っていた。どこでもコミニュケーションがとれるって嬉しことだ。ふと時計を見ると既に6時…約束の時間を大幅にオーバーだ!急いでバスの方へ向かおうとすると家の奥から村上さんが出てきた。 八時前に長汀に着く。今夜の宿は「長汀賓館」。夕飯後、街へ繰り出す。本屋や超市(スーパーマーケット)に行く。ボクは超市でヒマワリの種、豆腐干、茶の水筒等を購入。山口さんと村上さん本屋さんで中国語版の日本の漫画をゲット。またこの時村上さん、毛沢東の絵が入った懐中時計もゲット。帰りは輪タクでホテルまで。 |
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三月三十日 晴れ 長汀→厦門 八時に朝ご飯。三元閣やその近くのお寺を見つつ旧市街へ。仏像を彫っている所やお葬式グッズを売っている所、駄菓子屋さんや床屋屋さんまで、いろんな店が建ち並んでいた。ずーっと突き進んで行くとやがて川に出る。そこではすでに喜一さん、歩ちゃん、山口さんがスケッチを始めていた。河原ではご婦人方が洗濯をしている。長靴を履き浅瀬にしゃがみつつ、棒で洗濯物を叩くというスタイル。ボクもその様子をしばしスケッチ。続いて小高い丘の上にある古城跡(?)へ。途中、念仏らしきものを唱えている人達に出くわす。念仏、といってもなんだかやけに陽気なヤツ。喜一さん、その横で小躍りしてみせる。ここに11時半頃までいて、昼食をとる為にいったんホテルに戻る。その後は一路厦門へ。旅ももう佳境だ。旅の疲れかバスの中は睡眠タイム。ここら辺は石灰岩が採れるらしくコンクリート工場が多い。積載量を明らかにオーバーしたトラックが次々とバックミラーに消えて行く。五時過ぎ、それまで順調に走っていたバスが止まる。前方を見ると岡の向こうまでトラックが止まっている。ん?この広い中国で渋滞なんてありえないから一体なんだろう?と思いリーさんと王さんのやり取りを見守る。はたして渋滞であった。リーさん、車を降りて情報収集に奔走するも渋滞の原因は未だ不明。しかし時間が経つにつれ、この渋滞が大渋滞だということが薄々わかってくる。車によってもう1日以上とまっているものもあると言う話だ。さすが中国、渋滞もスケールがでかい!なーんて感心していられたのも最初のうちだけ。路面の悪さと排気ガスで汚れきった空気で小野さんが気分を悪くする。(後日、「小野さんが渋滞で重体になっちゃってさぁ」と鈴木氏。m(_ _)m )順調に行けば夕方の6時には厦門に到着する予定だったが、どうやら長期戦を覚悟しなければいけないらしい。一向に動こうとしない車の群れのまわりではいつの間にか多くの商人達が商売を始めていた。しばらくするとガソリンスタンドがあり、バスだけ先に行ってもらい、一行は横の食堂でしばし休憩。目の前にはトラック軍団。時々ノロノロ動き出すがすぐ停車してしまう。30分ぐらい休憩してただろうか?トラックの間を歩いて抜けバスに戻る。バスはそれほど遠くへは行ってなかった。日がどっぷり暮れても渋滞が解消する兆しはない。バス前方に座る若人三人組はしり取りをして渋滞をやり過ごそうとする。 ‥‥前方に突然、豚がギュウギュウ詰めにされた荷台がヘッドランプに照らされる。んー、動物愛護団体が文句を言いそうだなぁ。「ブギィ、ブギィ」という彼らの鳴声が耳にのこる‥‥ ‥‥外で情報収集をしていたリーさんが蛍を捕まえてくる。虫好きのボクであるが蛍はこれが初めて。ペットボトルにいれてしばしみんなで鑑賞。大渋滞が無ければこの蛍とも遭えなかったわけだ。そうこうしているうちに前方の車が動き出した。一同、蛍に別れを告げ発進、と思いきや前方の車数台が一向に動こうとしない。どうやら運転手さんが寝ちゃっている様子。リーさん車を降り、彼等を起こして回る。なんてったって24時間以上も待たされている車もあるっていう話だから無理もない‥‥ ‥‥12時頃、道路工事に出くわす。反対車線を丸々工事している。どうやらこれが今回の渋滞の原因らしい。工事現場を抜けると車が流れ出す。やっと渋滞脱出だ!一同から拍手が起こる。安心したせいか眠気に襲われる。2時過ぎに厦門市内に入る。まともな夕ご飯を食べていなかったので夜中でもやっている中華ファーストフードへ。3時頃ホテル到着。床についたのは明け方の4時頃であった。 |
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三月三十一日 晴れ 厦門→成田 さあ、最終日だ。昨日の長旅もなんのその。10時頃三好さんと厦門の市内見物に出かける。中山公園を越えた所辺りから繁華街が始まる。魅惑的な市場が多くの買い物客で賑わっていた。しかーし、もう10時40分である。タイムアップだ。なんせ11時にはホテルのロビーに荷物を下ろさなければならない。後ろ髪を引かれる思いでホテルへ。ロビーに戻ると既に何人かが荷物と一緒に待っていた。ボクも荷物を持ってくるとチヨちゃんが「two girls見た?」と聞いてくる(※two girls=山口さんと村上さんのこと)。どうやらまだ戻ってないらしい。しばらく待っていたが堪りかねたチヨちゃん、二人を探しに行く。果たして見つかるかなぁ?はたして昨日の大渋滞に続く大イベント発生か!?期待と不安が入り交じりながら待つこと10分ちょい、チヨちゃんが二人を連れて帰ってくる。どうやら時間を間違えていたらしい。ひとまず一件落着、30分遅れでホテルを後にする。お昼ご飯、お土産物屋さんとまわり、ちょうど1時に空港到着。ここまで来ればもう安心。と思いきや!喜一さんが空港内で迷子になる!どうやらハガキをだしに郵便局を探しに行ったらしい。で、チヨちゃん、またまた走る。すこし探すも発見できず。最終日は何でいろいろ起こるのだろうか?そうこうしているうちに喜一さん発見。でも今度はチヨちゃんがいない。結局、PAOS経由でチヨちゃんの携帯に連絡を入れてもらう事ことにする。全員そろった所で東京行きの列に並ぶ。受付係の中国人女性がボク達の顔を見るなり日本語で対応してくれる。この瞬間、日常へと引き戻される感覚と共に旅の終わりを感じた。 |