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「変な形の屋根だなぁ」そんな言葉をきっかけにHさんの突上げ民家移築再生はスタートしました。
Hさんはオランダ人、仕事で日本に滞在し10数年、その間に山梨県出身の奥様とご結婚されました。山がない国オランダから来たガイコクジンに、平らな所がどこにも無い山梨を見せてあげようと、案内したのが奥様。初めは山の風景に魅せられていたHさんであったが、何度も通ううちに変な形の屋根の古い家を発見した。気をつけて見ているとそんな古民家が塩山市を中心にかなり目に付くことに気がついた。
その変な形の屋根の正体は、「突上げ屋根(腰屋根)」。小屋裏の
2階3階の空間を養蚕用に広く確保しつつ、自然光を取り入れるために南側の屋根の一部を突上げさせている。山梨県内でも塩山市周辺だけに発達した民家様式である。
塩山駅の北口に「甘草屋敷」と呼ばれる突上げ屋根の民家を保存した資料館がある。そこでこの屋根の由来とその機能性を知りそしてなんといってもそのデザインにほれ込んだオランダ人は、この変な形の屋根の家に住むという夢に向かって爆走する。
【物件探し】
奥さまが山梨出身ということから、親戚一同の強力なバックアップ体制のもとに物件探しが始まった。しかし、なかなか条件の合う物件が見つからない。当初は敷地も含めて譲ってくれる物件を探していたためであるが、なかなかそのような物件は少ないのである。多くの物件は、「隣に新しい家を建てたので古い家を解体したいから、好きなら持っていって」という、移築物件ばかりなのである。
一年ほど探してやはり「移築」という条件で、気に入った「屋根」が見つかり、見学してその場で譲ってもらうことに決まった。
【土地探し】
普通家を建てるときは、土地に合わせて設計する。しかし今回は、家の平面が決まっており、それに合う土地を探さなければならないのだから容易ではない。突き上げ屋根はぜひ南面にしたいので方角にもこだわりたい。土地を探しながらも、再生後の間取りをあれこれ考え夢が膨らんでいった。
【解体】
なんとか塩山市内に土地も決まり、いよいよ解体。Hさんは古民家探しの段階から「日本民家再生リサイクル協会(JMRA)」に入会し、「民家の学校」で民家の再生について学んだ。
この「民家の学校」の仲間とご親戚の全面協力により丁寧に解体を行った。
【構造について】
移築前と同様の開口を設けることは現行の建築基準法では問題がある。壁が足りないのである。土壁は壁倍率が0.5倍である。Hさんの希望で壁はどうしても土壁でなくてはならない。開口も大きくとりたい。そこで苦肉の策で土壁をステンレスブレースで補強することにした。補強により壁倍率が2.5倍となる。
今回の移築再生を担当するのは、塩山市内で古民家再生を多く手がける設計士と工務店のコンビである。現行法に準じつつ施主の希望を取り入れてくれた。
【バンブーネット張りワークショップ−2002年11月】
Hさんは、この移築再生のうちいくつかの工程を施主側で行うことで、コストを抑えている。一階部分の土壁下地及び一階二階の荒壁塗りと、壁土づくりも施主側が行う。
土壁には小舞でなくバンブーネットを採用した。このバンブーネット張りはワークショップ形式で行われた。工場で製作されたバンブーネットを壁に合わせてカットし、取り付けていく。小舞かきの数十倍の速さである。本当は小舞にこだわりたかったが、ほぼ総二階の間取りであるので壁量が多く、また、構造上ステンレスブレースも入っているので、断念した。
バンブーネット張りWSは当初、「民家の学校」の実習で行われる予定であったが、材料が間に合わず、実現しなかった。その後、日本に建築を学びに来たという外国人の職人さんがこのバンブーネット張りを手伝ってくれて半分を施工し、残りは休日を利用して施主夫妻と友人の数人で張り終えた。
【土壁塗りワークショップ−2002年12月】
バンブーネットの次は土壁塗りWSが行われた。(表塗り)壁土は、解体時にとっておいたものに新たに土とワラを加え、4ヶ月間寝かせておいたものである。「汚れても良い格好で」で現場に集合した参加者は、ゴム手袋をはめてバンブーネットに塗りつけてゆく。バケツに入れた土を滑車で二階にあげるのが大仕事でした。土壁の一部を丸く塗り残し、Hさんオリジナルの家紋を下地窓風にしつらえるのだとか。
【現在】
現在は、「屋根」を葺き終えたところ。次のワークショップは、3月に土壁塗りの裏返しを予定している。(12月のWSでは片面のみを塗り、数ヶ月かけて乾燥させている。)
Hさんはこれまでの突き上げ民家再生の様子をHPにアップしている。ほぼ毎週の更新であり、少しずつ再生が進む様子を見ることが出来る。
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