神楽坂建築塾 第五期 修了論文

建築解体学のすすめ

  神楽坂建築塾塾生 川上祐司

目次

  はじめに

1.解体学の必要性

2.具体的な対応試案の提示

3.まとめ 最後に

  

はじめに

 建築に関しては、従来、主として作る側の観点から研究されてきた。しかし、今後は作る観点と同程度に壊す観点を持つことが必要だと考える。これを「建築解体学」と命名し、その研究の必要性を訴えるとともに、具体的な対応案をいくつか提示し、議論が広がっていくことに期待したい。

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1.解体学の必要性

 解体を考えるにあたっては、様々な視点をとる事ができる。解体のコスト、廃棄物のリサイクルなど、建築に対する視点と同様に多様な視点が指摘できるだろう。
 本稿では、その多様な視点の中でも、余剰建築物の社会に与える悪影響と、これを防ぐための方策について検討していく。

(1)余剰建築物の大量発生

 人口減少に伴う建築物のニーズが減少する中においても、多量の建築は行われ、一方、解体も円滑に進められる状況ではなく、さらに余剰建築物が増加する悪循環となっている。

 a.人口減少に伴う建築利用ニーズの減少

 国立社会保障・人口問題研究所の日本の将来推計人口(平成14年1月推計(中位))によると、平成12(2000)年に1億2,693万人であった日本の人口は、平成18(2006)年に1億2,774万人でピークに達した後、以後長期の人口減少過程に入る。そして、平成62(2050)年にはおよそ1億60万人になるものと予測されている。
 住宅建築に関するニーズは、この全人口の動向に左右されると考えられる。
 なかでも、生産年齢人口(15〜64歳)は平成7(1995)年の国勢調査では8,717万人に達したが、その後減少局面に入り、平成12(2000)年国勢調査によると8,638万人を記録した。
 生産年齢人口は平成7(1995)年をピークに以後一転して減少過程に入り、平成42(2030)年には7,000万人を割り込み、平成62(2050)年には5,389万人に達すると予測されている。
 生産年齢にのみ必要とされるオフィス等のニーズは、この生産年齢人口の動向に左右されると考えられる。
 日本はあとわずか2年で人口の減少を迎えることとなる。また子どもと高齢者を除いた生産年齢人口においては既に9年前に減少に転じている。
 人口の減少は建築物へのニーズを減少させる。

*現在、人口に対して住宅が不足しているのであれば、人口が減少したとしても建築物へのニーズが維持・増大するとの予測も成り立ちうる。しかしながら、平成10年10月1日現在における我が国の総住宅数は5025万戸,総世帯数は4436万世帯となっている。つまり1世帯あたり1.13戸の家を有している状況である。つまり住宅は不足していない。(総務省平成10年住宅・土地統計調査)→また、このデータは既に500万戸以上の住宅が余剰になっている現状を示している。

*労働者一人当たりのオフィス面積が増大すれば、生産年齢人口が減少してもオフィスへのニーズが維持・増大するとの予測も成り立ちうる。しかし、オフィスのOA化(OA機器の設置による事務スペースの増大)が一巡した中、これ以上一人当たりのオフィス面積が増大するとは考え難い。

 

  b.好調な建築投資

 平成15年、日本の住宅着工は、持家、貸家、分譲住宅の全てが増加し、総戸数は約116万戸となり、3年ぶりに前年を上回っている。(前述の通り、既に500万戸以上の住宅が余剰になっているにもかかわらず、毎年100万戸以上の建築が行われている。)
 また、全建築物の着工床面積について見ても、17,310万Fと、前年比 0.4%増となり、3年ぶりの増加となった。(国土交通省)
 以上の数値が示すように、建築投資は好調に推移している。
 都市では再開発地区にオフィスビルが立ち並び、旧倉庫街の湾岸地区にマンションが林立し、郊外の道路沿いには大型商業施設が立ち並んでいる。

 好調な建築投資には、次のような背景が考えられる

   ア.良好な再開発エリアの登場

 社会経済状況の変化により、都市の土地を利用していた産業が変革し、それまで利用していた土地を必要としなくなり、また、企業経営において土地を積極的に所有しようとする考え方が退潮したことなどから、いわゆる一等地が放出されやすい状況となっている。
 汐留の貨物操車場、豊洲の造船所跡地、湾岸の倉庫街、大企業の社宅・運動場などが、その典型例である。
 既存のエリアに比して競争力のある土地が供給されれば、その土地に建設される建築物も当然に競争力を得ることとなる。競争力のある開発であれば、この自由競争の社会においては、開発は加速する。
 なお、勝者があれば反面で敗者がおり、敗者は余剰建築物となっていくが、人の目のつい勝者に向かいがちである。

   イ.地価の下落

 地価の下落は、建築物の最終販売価格の下落をもたらし、結果として、人々の購入可能建築物の総量を増大させる。(つまりこれまでは土地代金として支払っていた金を建築物により多く振り向けることが可能となる。)

 

  c.解体の困難さ

   ア.非木造建築の増加

 日本は西洋諸国と異なり、解体・再生が容易である木造を主とした建築により街づくりを行ってきた。しかし、近代以降、特に戦後高度成長期を境とし、急速に非木造建築が急増し、特に都市では非木造建築ばかりが立ち並ぶこととなった。
 このことは建築物全体としての解体コストを高めることとなった。

   イ.地価の下落

 利用しなくなった建築物を解体する最大の誘因は、底値の再利用・売却である。地価の下落はその誘因を減少させている。

   ウ.建築物の共有化による解体の意思決定の困難化

 集合住宅が都市を中心に増加している。これら集合住宅の関する意思決定は合議・多数決となっており、全ての決定が個人所有に比して困難であり、当然に解体に関する決定も困難となっている。

*戦後、急増し、2000年現在、全国で368万戸あるマンションの多くは分譲され、所有者が複数となっている。これらマンションは住人の一人が解体したいと思うだけでは解体されない、住人の半数が解体したいと思っても解体されない。75% の住人が賛成して初めて解体(建替え)の意思決定が可能となる。しかし、現実にこれだけの賛成を得ることは難しく、現実に解体された例はほとんどない。

 

  d.余剰建築物の大量発生

 上述した人口減少、堅調な建築投資、進まない建築物解体により、今後、余剰建築物が急増することが見込まれる。
 そして、特に注目したいのであるが、余剰建築物は特定のエリアに偏って増加すると見込まれる。
 建築物は「使えるかどうか」によって評価されるのではなく「使われるかどうか」によって評価される。「使われるかどうか」はその建築物自体ではなく、その建築物の存する地域によって左右される。

 

[事例]

・東京高円寺のぼろアパートはとても老朽化しているものの、若者に人気で空きがない。一方、茨城の竜ヶ崎ニュータウンの一戸建てはまだきれいで設備が整っているが、入居者がいつになっても現れない。

・渋谷駅近くの商業ビルはどんなに古いビルでも空きがない。一方、木更津駅前の新しく設備も整った商業ビルは空きフロアがいつになっても埋まらない。


 (2)余剰建築物の社会に与える悪影響

 

 未利用建築物の増加は、建築物の管理不足により人的・物的事故を生じさせるという直接の悪影響だけではなく、景観・治安の悪化などによる地域社会全体の魅力を低下させるものとなり、今後、広く地域社会における問題となることが予想される。

[事例]

・湾岸地帯の工場

 A社は湾岸の工業地域に化学工場を有していたが、業績悪化から10年前より操業を停止して、敷地をフェンスで囲み放置していた。
 その後、同地周辺にマンションが立ち並ぶようになり、住民から治安の悪化・景観等の観点から、A社に同地の適切な再整備が要請されたが、A社は経済合理性の認められる再開発はできないとの判断から、これを無視した。

・リゾートマンション

 山間部のB村には、大手不動産会社C社の分譲した、大型リゾートマンションが建っている。建設当初は利用も多く、また管理も行き届いていたが、その後のリゾートブームの終焉と、建築物の老朽化等により人が来ない状態となり、管理費等を滞納する所有者も増えてきた。その後、管理費の滞納からエレベータ等の設備の修理もできなくなり、全館の利用が休止された。
 その後、管理人もいない中、浮浪者が住み着くようになり、近隣住民は治安に不安を感じるようになった。しかし、管理組合は機能しておらず、苦情を伝える相手すら見つけられない。

・地方幹線道路沿いの大型レジャー施設

 北海道の道路沿いに開発された大型レジャー施設は、施設の老朽化等から客足が遠のいていたところ、敷地の土壌が汚染されていることが発覚し、営業を休止した。
 その後10年が経ち、放置された施設は周囲の景観を大きく壊し、また治安の悪化を招いていた。そこで周辺住民は施設の運営会社に施設の撤去を求めたものの、「解体する金はない。ただでくれてやる」などと回答した。
 しかし、地価の下落から、仮にただで貰ったとしても、解体費用を土地の売却代金でまかなえないのは確実である。


 (3)余剰建築物を巡る社会規制の現状

 余剰建築物の健全な再開発は地域住民の切なる願いであるが、昨今の経済状況においては再開発という巨額の投資を行う者が現れることは、地域によっては期待し難い。
 そこで次善の策として解体を期待するに至る訳だが、現行法においては、近隣住民が解体を実現させることは難しい。
 現行法においては、建築物の所有者は民法の717条により、「土地・工作物責任」を負い、具体的な人的・物的損害を生じさせた場合においては何らかの法的な責任を負うこととなるが、具体的な損害が生じていない段階で、解体を強制する法律はない。

 

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2.具体的な対応試案の提示

 

 (1)固定資産税の制度変更

a.老朽化した建築物に関する固定資産税の引き上げ

 老朽化した建築物に関する固定資産税の引き上げることにより、未利用で収益を生まない建築物を解体し、固定資産税の支払い義務から逃れようとするインセンティブを高め、解体を促進することができる。

[方法]

・固定資産税の家屋の評価における評価算式について、経年(損耗)状況による減点補正率を調整する。

・解体の困難な非木造についてより評価が高くなるように調整する。

 

  b.将来の解体費積み立てとしての、固定資産税の新設

 建築物を解体した際に、それまで支払ってきた税の払い戻しを受けられることとすれば、解体は固定資産税の支払い義務からの解放だけではなく、税の払い戻しという二重の経済的効果を生むことができる。

[方法]

・建築物に係る、「特別加算固定資産税」を新設する。

・本税の徴収は、建築物の耐用年数後解体する場合に見込まれる解体費を耐用年数で按分して徴収するものとする。

・建築物の解体時に、それまで徴収した税相当額について所有者に払い戻す。

 

[参考]

 すでに、自動車・家電についてはリサイクル(解体??)における費用負担について法制化がなされている。

・平成14年7月、「使用済み自動車の再資源化等に関する法律」(自動車リサイクル法)が成立した。この法律により、新車購入時には購入者がリサイクル費用を負担することとなった。

・消費者が4種類の廃家電を出すときリサイクル料金を徴収して再商品化するという趣旨の特定家庭用機器商品化法(家電リサイクル法)が平成10年6月に成立し、平成13年4月からエアコン、冷蔵庫、テレビ等について2000円から5000円程度の料金を消費者が負担することとなった。


 (2)集合住宅の区分所有権の見直し

 

  a.区分所有権の廃止の検討

 区分所有権の制度には、大きな問題点が内在している。
 住宅という、人にとってまた生活にとって重要なものでありながら、人それぞれの位置づけが千差万別であり意見が集約しにくいもの、つまり最も共同所有に馴染まないものである物を共同所有しているという矛盾。
 所有権とは本来、思いのままに「処分」できることを意味する。しかしながら、集合住宅の権利は所有権とは名ばかりで、実体としては、転売するか人に賃貸するかといった限られた権利しかなく、所有権の名に値しないという矛盾。
 しかしながら、ここまで普及したのは、それがマイホームの「所有権」であり、最も人々が欲するものだったからである。区分所有権の存在が集合住宅をここまでに普及させた一因であることは間違いない。

 しかし、人々の建築物の所有への考え方も変化しつつあり、中長期的な課題として区分所有権の廃止を検討するべきである。

 

  b.定期借地権マンションの推進

 定期借地権マンションとは不動産会社等が土地所有者に権利金を支払って土地を借り、マンションを建設。50年等の一定期間後に取り壊して更地状態で返却するか、建築物を地主が買い取る仕組みであって、仕組み自体に解体が組み込まれているという点で画期的であり、余剰建築物をうみがたいシステムである。
 本来、この形態のマンションこそ普及すべき考えられるのだが、「借地」ということ、所有権マンションでも価格が低下し手が届くようになったことから、普及していない現状にある。

*2003年6月時点の定期借地権マンションの総戸数は13272戸に過ぎない。(東京カウンティ調べ)今後は、低価格以外の魅力をPRし、定期借地権マンションの普及を図るべきである。

 

  c.新しい所有権方式の検討

 現在の区分所有権に問題があるといっても、定期借地権はあくまでも「借地」であり「所有権」でないため、人々に受け入れられるには時間がかかる事が想定される。したがって、新しい「所有権」方式の導入が必要となってくる。
 その導入にあたっては、集合住宅を一括して保有する組織を作り、住民はこの組織の出資者として権利行使するという形態が望ましいと考える。


 (3)所有権放棄制度の新設

 建築物の解体コストが底値の売却見込み価格を下回っていると、所有者は解体を決断しない。この土地・建築物はトータルではマイナスの価値しかないからだ。(現在解体中のザウス(船橋市)が、伊豆にあったら解体はスムーズに決定されたであろうか。)

 しかし解体しないで放置しておけば、マイナス資産であることは顕在化しない。(いわゆる塩漬け。)そこで、「いつか地価が上がればその時に解体して土地を売却しよう。」というのが、経済合理的な判断となる。

 そこで、土地・建築物の一体物について所有権の放棄制度を新設する。

 

[制度の概要]

・一団の土地・建築物の所有者が地方公共団体に放棄を届け出る。

・地方公共団体は、一定期間、有償で譲り受けるものがないか公告する。

・この際、譲受人に対して一定期間の不動産に係る税を減免するとの条件を付すことができる。

・譲受人が現れなかった場合は、所有者の所有権を放棄させ、無主物となった土地・建築物は地方公共団体が引き継ぐ。

・地方公共団体は速やかに建築物を撤去し、更地を売却もしくは整備する。


 (4)景観に関する国民意識の啓蒙

 現在国会で「景観法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案」(景観法)が審議中である。同法は「景観は国民共通の財産」と位置づけ「国民や自治体、事業者が良好な景観を形成するように努める」とし、自治体ごとに「景観形成計画」を策定し、指定した地域で建築物の色・デザインを規制し、また変更命令を出せるとしている。

 同法をもって、どれだけ日本の景観が改善されるか、また景観を壊す余剰建築物の解体が進むかは不明である。しかし、確かな事は、法ができたからといって、国民一人一人の景観に対する認識が高まらなければ、景観の改善は難しいということである。

 同法の成立を契機に、国民的な景観への関心の高まりが広がることを期待したい。

 

 

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3.まとめ 最後に

 解体より再生の方が重要なテーマである。解体をせずに再生し、これを利用する事により新築を抑制する。これがあるべき姿である事は揺るぎないと考える。

 しかし、建築物を構造体として再生できたとしても、建築物への利用ニーズまでは再生できない事が多くあるのも事実である。いくら個々の建築物・地域がそのニーズの掘り起こしに尽力しても、日本全体のニーズが減少する中においては、どこかの地域・建築物が負け組となり余剰とならざるを得ないからだ。

 厳しい現実であるが、それに目をそらす事なく解体について多くの建築関係者が考える事に期待したい。

 

 

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