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−50年の記憶− |
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1.はじめに |
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祖母の家は50年ほど前に建てられた、木造の日本家屋である。お座敷、縁側のある、私自身は住んだことはないが、とても懐かしさをかんじる家。もともと診療所が併設された住居である。 現代の住まいは長く住みつづけられることなく建替えられる。家が現在の生活にあわなくなるなどの物理的な要因、機能的で新しいものがよいとされるなどの意識的な要因、さまざまな理由はあるが、家の寿命はこんなにも短いものなのだろうか。 この家がこれまでどのように住まわれてきたのかを調査し、住まいとは何か考えてみようと思う。 |
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2.建物の概要 |
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3.家族の生活について |
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4.内部について |
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炊事・食堂 和室 縁側
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5.外部について |
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6.葬式 |
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7.周辺環境について |
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8.改装履歴について |
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9.家の記憶 |
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祖母はあたりまえのようにこの家に住んでいる。この行為は現代ではなんだかめずらしくも思える。 この家は診療所が併用されており、診療所の仕事を中心に家族の暮らしが営まれ、この家が生活の場であった。職住接近の家は子供が働く親の姿を見ながら育つ。この環境は、子供にとって家庭とは違う親の存在を感じたり、家族以外の人とも接することにより、仕事や社会に対する価値観へも影響するような気がする。 また、この家に限らず日本家屋では、季節とともに暮らしを楽しむ要素が多くみられる。和室の床の間では季節に合わせて、花を生けたり掛け軸を飾る。縁側は、家の中と外をつなぐ場として、自然を身近で楽しむことができる。現代の住まいと比べて、全てが快適な暮らしではないが、生活を楽しむ豊かさがある。 そこでの暮らしは、人の記憶の中に生きつづけ、またその記憶は家に蓄積されていく。 家に住みつづけるためには、耐久性や、将来の可変性、あきのこないデザインといったハード面も大切だが、生活の場としての住まいかどうか、そこに記憶を残せるかが問題であると思う。例えば建物の性能や機能性を追求した建物で、便利で快適な暮らしが手に入っても、またデザイン性のある建物でモデルハウスのような生活感のない暮らしをしていても、住まいという箱があるだけでは記憶は残せないのではないか。 この家があることにより記憶は薄れることがない。また、診療所をしていた頃を知らない私でも診療所の記憶を感じることができた。この家は蓄積された記憶により、これからも家族を結びつけるだろう。家とは本来そうやって住み継がれていくものだと思う。 |
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10.街の記憶 |
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