富山産。辛味好き、チヨちゃん超えたら五川人。次の日お腹を抱えてたのはヒ・ミ・ツだね。
横山 静観
自己紹介
出身:富山県井波町(散居村で有名な砺波平野の山側)
現在:パシフックコンサルタンツ?で、土木に関わる建築施設を設計(鉄道駅舎、駅前広場など)。
旅の感想
○モソ人集落
美しい湖のすぐ脇にある道に沿って村へアクセス。途中、雨による湖の増水で、道が水没している。一面の畑を抜け、村に近づくと、両側を土塀(はんちく)で囲まれた道に入り込む。路面も土のままで、独特な雰囲気が漂う。人工的な素材がまったくなく、土の温かさ、自然の素材の深い感じがある。それがこの村の最初の印象で、また、後で振り返っても一番印象に残っている。
バスを降りて、滞在させていただく民家に向かう。曲がりくねった道をぬけ、入口を抜けると建物に囲まれた中庭に出た。母屋と中庭を囲むように離れがある。村には今でも母系社会が残っており、母屋の大きな部屋の奥には、母親のベッドと暖炉、手前には客用の茶の間のようなものがある。30代前半の女性が家の中をとりしきっており、食事も彼女が用意する。昼は外の中庭で、夜はこの大広間で食事をとる。お米が主食で、近くで採れる作物や魚の料理が出された。
翌日、みんなで滞在している民間の実測を行い、午後は自由行動。隣村まで行こうと村を抜けると、一面に広がる畑の向こうに隣村が見える。途中、放し飼いにされている馬や黒い豚がゆったりと動いている。畑は収穫の時期が終わり、一面見晴らしがよく、真っ直ぐな道が伸びている。隣村に入ると今度は湖に向かって歩き始める。途中ぽつぽつと民家があり、畑の中で馬が何頭かゆっくりと動いている。湖は見えるのだが、見渡す限り一面の畑の中、道は延々と伸びている。やっと近くまできたと思ったらそこで道が終わっており、しばらくうろうろしていると、近くを村人が通る。着いて来いという感じで畑の中を進んでいった。自分もその後をついていき、ようやく湖にたどりついた。畑の端に道があり、それを隔ててすぐ向こうが湖になっている。その村人は近くの船置き場に行き、傍に立つテントの中から魚取りの網を取り出すと、船に乗るかといったしぐさをする。僕はそう遠くには行かないだろうと思い、ぜひ乗りたいと近づいていった。船は丸太をくりぬいたものでとてもシンプルなものだった。僕が船の先に座ると何処へ行くかといったことをしゃべっているようなので、僕が来た村の方向を指差すと、村人はそこに向かって岸沿いを漕ぎはじめた。湖面は風で小さな波ができ、向こう側の山がぼんやりと映っていた。
船を降り、お礼の言葉を言うと(言葉は通じないのだが気持ちだけ)自分の来た村らしき方向にむかって歩き始めた。夕暮れが近づいており、少し不安な気持ちが出始めた。そんな中、湖に向かった道と同じように、辺り一面の畑で、夕日を受けた風景はとてものどかで、美しく、現代の社会からかけ離れた、なんと美しい村なんだろうと感じた。近くに思えた村はなかなか辿り着かず、延々とまっすぐな道が伸びており、もしあれが違う村だったらどうしようかという不安が募っていった。ようやく土壁で囲まれた道が見えはじめ、こちらを振り返る人影があり、近づいていくと同じツアーの人達で、ほっと安心した。
その日の夜は、滞在している民家の中庭に、近くの親戚たち?が集まり、民族衣装をまとった女性たちが男の人の吹く笛の音に合わせて、民族ダンスを踊ってくれた。手をつないで輪になり、見ている人達を中に引き込んで、どんどん人数が増えていき、自分たちも中に入り一緒にダンスを楽しんだ。中国の奥深い山の中でのその体験は、とても非日常的で、言葉も文化も違う民族どうしが、一緒になって楽しめる音楽や踊りのすばらしさを改めて実感させられた。
旅を終えて、村の人々やその暮らしについて考えた。決して経済的に豊かではないが、母系社会という古くからの制度の中で、美しい自然と心やさしい人々に囲まれて、穏やかな暮らしを営んでいた。現代の社会の中で、本当の豊かさとはなんだろう?と改めて考えさせられた。
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