神楽坂建築塾 第五期 修了論文

家を建てるということ、住むということ

  神楽坂建築塾研究生 千葉弘幸

目次
1.家を持つ!(お家事情?)
2.家を建てるということ
3.住むということ
  

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1.家を持つ!(お家事情?)

 西暦も2004年を迎え、一般の住宅事情も大きく変わってきた。社会の中では情報化が進み、インターネットの発展に伴い、ウェブ上の情報を頼りに“住宅の計画”を進める人も出てきた。少し前の時代では、「住宅を新築する=家を買う」の方程式が当たり前だったが、現在では「住宅を新築する=家を造る」に少しずつではあるが変わってきたように思える。

 しかしそうした中でもまだまだハウスメーカーに家造りを頼む人々が絶えない。これもやはり住宅を計画するに当たり
1. インターネット上で情報を得る。
2. 収集した情報を元に、実際のモデルハウス等を訪ね歩く。
3. インターネットの情報と実際を比べる。
4.即、契約。または建築計画の申し込み!
と自分で調べた情報(インターネットの情報)がすべて正しいと思い込み、即行動してしまい、後から“しまった!”というケースも多いようです。

 このように“情報”をうまく使うことによってまたまた資金的に有利なハウスメーカーの舞台となっている。実際、あるメーカなどの営業マンは、いいことのみ教わりそれを実行していく。そのため悪いものを知らないのでお客様にもその“情報”を伝えることはない。事実“F☆☆☆☆(フォースター)”はシックハウス法からすれば優れた部材であって、「ホルムアルデヒトとクロロホルピスの問題を解決した問題のない商品」と説明するでしょう。しかし実際は“F☆☆☆☆”=化学物質の入ったものの中でも比較的安全なもの、であります。しかもこの安全とは前記した2つの化学物質に対してのみでそのほかのものに対しては何も有効ではないのです。このような中、一部の家造りに関心のある人やアトピーやシックハウスにかかった人々はこの“情報”(ハウスメーカーの情報)ではもの足りず、もっともっと情報を得るためいろいろと調べます。しかし、調べれば調べるほどどうにもならないことに気がつくのです。

 

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2.家を建てるということ

 家を建てるということ。当たり前ですが家を造る人がいるということです。
 家を造る人の意識の差がその家の差に大きく出ます。自分の視線で周りを見回すと、いろいろなことが意識の差によってでていることに気がつきました。

 例えば、木構造においては、筋交いで体力壁を作ろうと思ったらふつうは地震力に対するものと風力に対するものの計算をしてただ数を合わせるだけの数あわせでしかない。本来の筋交い(体力壁)の役目は木構造が地震や台風などから家を守るためにあるわけで、数あわせのためにあるわけではない。トラス(三角形)を作ってそれぞれの力に抵抗するのだが、その位置や取り付け方法、アンカーや金物、構造材の継ぎ手の位置、ましてや全体のバランスまでをきちんと考えて配置しなければならない。何一つとしてさぼってはいけないのである。しかし、残念ながら一般的にはそこまで考えて施工はされていない。ましてや公庫の仕様書や一般的な本にはそこまで解説されたものはない。
 また、前記したようにシックハウス法によって化学物質に対する規制が建設省(現在の国交省)でようやく昨年施行された。だがたった2つの物質である。農林水産省ではすでに13項目(物質)に対しての規制が始まっている。現在では有機農法を謳うには“有機JAS法”なる法律に従い農業をしなければならない。この有機JAS法は、かなり厳しい。まさに農家の方々の生き残りをかけた、“勇気”の決断でもある。このようなものに賛同する農家は自分たちの今までやってきたことに対して疑問を感じていたのではないか? あれだけ農薬をまき、虫一匹もいない農園の異常に。自分のふと思い出せば、小学校の頃、学校まで通う道ばたの田んぼでは、バッタがはね、コオロギがなき、ザリガニを釣ることが当たり前にできた。現在では同じ道をゆっくりと歩いても、バッタははねず、コオロギは泣かず、ザリガニは姿を見せない。この異常な状態に築いている人も多いと思う。では住宅ではどうであろう。ゴキブリやネズミがでないようにとせっせと罠を仕掛け、蚊やハエがでればさっさと殺虫剤を撒く。シロアリがでないようにと床下には農薬を散布して、終いには、便器の抗菌仕様でございます。このような状態で家は高気密とくれば現在の住宅はシックハウス生産工場であります。家を造る人だけの問題ではありません。

 

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3.住むということ

 住宅に住むということは、正しい情報を得て、正しく住むということ。昔は家の中でいろいろな社会の常識や正しい知識を得て外の世界に出て行ったのではないでしょうか? 現在では“自分の住む空間”がクリーンであれば換気扇でその汚染物を外に放出していればいいのです。おかしいでしょ? 住むということは現在の世の中で生きていくことではないでしょうか? 家を造る側もきちんとした情報を学び、そこに住む人々に正しい“情報”を伝え、暮らしていかなければ、この地球の、この日本の明日はとんでもない世界になってしまうのではないでしょうか?

 

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