AYUMI GALLERY
2002

スケッチ展
WEB展覧会

丸山校跡/渡邉義孝

所在地/京都府舞鶴市 竣工年不詳

 小さな寺で祖母の七回忌を済ませた後、いとこの車で丸山小学校をめざした。

 伯父は「もうなくなった」と言い、いとこと伯母は「まだ壊されてはいない」と言った。曲がりくねる峠道を下ると眼前に日本海が広がり、その端に窓の大きな木造校舎が竹林を背に建っているのが見えた。「ね、だからあるって言ったでしょう」いとこは言う。

 青空の下で見るその校舎はいいようもなく美しい。校舎の裏はおだやかな砂浜で、水泳の時間はみんなで海で泳いだという。それが児童数減少で統廃合と決まった直後、懐かしむおおぜいの卒業生たちが「最後の大運動会」を開いたという。学校が消える――それは日中に子どもの声が消えることだ。惜しまれながら、先年、校舎はその役目を終えた。

 その後、世論に配慮したのか、舞鶴市はまだ解体をせずにいる。「進んでする子」「やさしい子」という標語が校舎に残る。「古いうつわにかがやく未来」とも書かれている。右側の講堂の外壁にはさびついた始業ベルがくっついている。どちらの屋根も重厚な瓦葺きだ。風雪に耐えた下見板は、積もった時間を表している。

「新しい先生が“体育館に集まれ”と言うと、子どもたちが“先生、あれは講堂だよ”と訂正したんだって」。木造でトラスを組み、精一杯スパンを広げた空間は、まさに「講堂」と呼ぶにふさわしい。

「用途」など後からなんとでも考えられる。こんな美しい風景が壊されてはならない。120歳の校舎は、いったいどれだけの人びとにとっての、貴重な記憶の砦になってるのだろう。


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