第十八回講座
「上野の森をスケッチする」
青山恭之 鈴木喜一 



上野公園の歴史と建築
元は江戸時代、三代将軍・家光が江戸の丑寅(北東)の方角、すなわち鬼門を封じるためにこの地に寛永寺を建てたのが始まり。1873年、太政官布告により公園に指定され、その後、1890年、帝室御料地となり宮内省の管轄に置かれる。1924年、東京市に払い下げられ、「上野恩賜公園」という名称となった。小高くなっているため、上野の山とも呼ばれ、西郷銅像前からは東京のアップダウンした地形を見ることができる。
日本で国立公園というと、自然公園法のなかで規定されている概念であり、その第一号は日光国立公園というのがおきまりの知識かもしれない。しかし、日本が国家として初めて、近代的な意味での公園として作ったのは、実は上野公園だった。幕末から明治初期にかけて、欧米の都市を体験した日本人たちは、石造建築によって切り取られた目抜き通りの、バロック的都市空間に圧倒された。そして帰国してきた彼らが目指したのは、せいぜい2階建ての木造建築が海原のように続く江戸を、バロック東京へと新生させようということだった。エンデ・ベックマンの日比谷計画には、そんな時代の東京が目指したものがよく読み取れる。
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