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第八回フィールドワーク
「京都のまちを歩く」
円満字洋介氏・鈴木喜一
六角堂
京都には、平安京が出来る前からいくつかお寺がありまして、このお寺は聖徳太子の創建です。太子が初めて来た頃は、ここは深い森だったそうです。泉があって水をくむ時にお守りにしていた仏様を木にかけたそうです。ところが帰ろうとして仏様を外そうとしたら外れなくなって、それでこの仏さまはここにいたいんだろうということで建てられたのがこの六角堂だそうです。池坊の建物がこの裏にあるんですが、ここの仏様に毎日花を生けるようになったのが池坊の始まりだと言われています。
中京郵便局(旧京都郵便電信局)
明治35年、日銀の少し前に建てられました。1978年の立て替えの時に表面一枚残してやり変えたと言う外壁保存の事例です。郵便局は面白いことに、町の中心にあることが多いです。これもそうです。当時、明治35年頃の京都の町の真ん中はどこかと問われると私だったらここと言いますね。それはまずこの三条通りがメインストリートだったんですね。それから、烏丸通りが出来るまではこの東洞院通りが南北の中心だった訳です。これずっと行くと奈良まで行けるんですよ。ここは京都の重要な四つ角だったんですね。だから郵便局というのは、そういう意味で、町を見ていく時の標準というか基準を与えてくれるんです。デザインは辰野が結構ピシッとおさめていたのに比べて凹凸がありますね。むしろクラシックな感じを意識していますね。ですが、単純化された幾何学模様もいっぱいありますから時代の雰囲気としてはウィーン・セセッションが流行だったことが伺える建物ですね。
京都は、この中京郵便局が近代建築の本格建築の始まりで、それから次に来たのが住友銀行ですね。日本銀行がきて、それから次に来たのが第一勧銀です。つまり、ここの交差点を中心にだいたい一町半径のところに大手の銀行、郵便局などの都市施設の新しいものが集まって来たのです。三条通の景観形成を京都市は推進していますがそういう意味でもここは重要な場所だということです。……続く →講義録を申し込む
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