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ディアスポラ・アイデンティティ
青山:ハイブリットという言葉ですけども平良先生に質問したいのですが、先週の岡山の古民家再生工房の民家の中にモダンなものが入りこんで見えるのがハイブリッドだという風な言い方をしてるんですけど、僕のイメージは彼らのデザインは、決してハイブリッドなものではないんじゃないかというのがひとつあるんです。それはあの民家の中には古いものや新しいものが異質に入りこんでますよね。だけど実は彼らデザイナーの仕事っていうのは全然ハイブリッドじゃなくて、一つのインテリアデザインとして非常に統一のとれたものなんじゃないかと思うんです。ひとつの視線っていうか美学の中であれが僕にはすごく単一に見えるんです。つまりあれは一人のデザイナーの統一されたコントロールの中にある。でもハイブリッドっていうのはもう少し異質なものがデザイナーのコントロールとはちょっとずれて入りこんできたり、予期せぬものがあってそれがおもしろい味を出してたりとか、そういうことがハイブリッドというイメージに近いのかなって僕は思うんですね。
それは僕の印象だからいいのですが、今日ここに来る前に僕はハイブリッドっていう言葉をインターネットで引いてみたんですが、ハイブリッドカーっていうのはたくさん出てくるんですね。もう皆さんはご存知かと思いますが、僕は車を運転しないからわからなかったんですけど、ハイブリッドカーっていうのは電気でもガソリンでもというようにいくつかのエネルギーで動くシステムっていうことらしいんです。見た目ではひとつの車なんですが動いていくシステムがいくつもあって、その混成体でできているひとつのしくみがハイブリッドカーなんです。実は三澤さんにふりたいんですけれども、僕には岡山の人たちの仕事よりもしかすると三澤さんがやっていることの方がハイブリッドにみえる。というのは手仕事や民家とかのつくり方や在来工法などのやっぱり単一な美学の中にあるものじゃなくて、例えば大工さんの手仕事と工業生産品、Jパネルみたいなものを使った混成体として、建築の時代の中に手仕事の世界もあるし工業生産品もあるというのことをコントロールしている方が、もしかすると僕はハイブリッドなんだっていう気がします。その辺どうでしょうか。
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▲会場の様子
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三澤文子:ありがとうございます。私は大阪に住んでいますが、2年前から全然関係ない岐阜に行くようになったんです。
大阪にいたときに、山と都市をつなぐということを、山の木を通して徳島の木頭村や奈良の吉野で実践していました。でも住んでいるところは大阪でした。私は能動的ではなく半ば受動的に岐阜に行くことになったんですが、本当にそこは背中に山がある状況です。
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ですからそこにいる人たちも、山や木に関する事を営みとして暮らしています。
その近さから見えてくるものと、今まで大阪で十何年間やって見えていたこととが、自分の実感として、ずいぶん違うなって感じるようになりました。
先ほどJパネルという話もありましたが、JパネルのJはJapanのJです。国産材を使ったスギのパネルを、工法の中に入れていくことで大いに意味があるというように捉えていました。でもJパネルの工場っていうのは建設に2億ぐらいのお金がかかってしまうんです。ですから、岐阜に行ってからは地域の人たちと、今ある機械で、それに近い強度がでるパネルもつくっていこうとしています。そしてそれで需要と供給のバランスをうまくとっていければいいのではないかと。今地域で見られる問題は、行ってみるとすごくわかるわけです。こんなに大きな工場ができていて、生産に関してとても良い環境なのに、全然動いていない。一方都市の方ではすごい小さな下小屋で手仕事を逆にやっている。実は地域の方が機械化されているわけです。この状況はどこかねじれているような感じがします。でもそれに少し、何かエッセンスを加えればいい方向に向いてくるんじゃないかと考えているわけです。
次に田園都市の話なんですが、まちや都市をつくるというよりも、仕組みを変えていく事の方が自分がやる仕事だなって感じてます。
今、学校があるのは岐阜県の真ん中あたりにある美濃というところですが、そこを中心に岐阜の県内をあちこち行くことがあります。車で南から北へ、東から西へ渡ったりしていると、あるところでサイディング風の家がパッとなくなる。またあるところでちらほらみえてくる境界があるんです、何かが変わるところが。美濃っていうところはちょうどサイディングの家が出てくる境界みたいな所なんですね。そこに今、東京で設計をやっていたけど木造をやってみたいと思った若者たちが住み着いて、そこで設計行為をやるということが生まれています。これから先、そういう人たちがそこに住み着くことで、そこのまちが変わっていくんじゃないかと思います。山と都市をつなげる行為を、山村にいて都市に発信する人たちが増えてくるってことで、何かが変わるんじゃないかと私は期待しています。
ですから目に見えて都市ができてくるとか、まちがつくられる、ということとは少し違うかもしれませんが、何十年かのうちに、地域の人たちがいきいきと営めるようなシステムをつくり、そこでできる産物を開発し知恵を出し合う。そういうことができてくると、経済活動もある程度うまくいってくる。とすると、まちなみにも手をかけられるようになるんじゃないかと。自分たちの持っているものがいいものだと自信を持って思うようになると私は感じています。
それで平良さんに聞きたいのは二つあって、まずこの文章の中で里山の話がでてきてますが、養老さんは鎌倉市の自分の家の近くで、戦後の里山が照葉樹林に戻ってしまって自然は強いものだという表現をした後に、人が里山に手を加えて変えようとして田園風景をつくっていったと書いています。でもこれは実はいいのか悪いのかはっきりしないんですが、どっちなんでしょう。養老さんは各自で考えてくれって投げかけているようにも読めるんです。ここを抜き出した平良さんは自然と人間との関わり合いに対してどう考えているかっていうことをひとつお聞きしたいです。
もう一つは最後のディアスポラ・アイデンティティということです。私は静岡生まれですけど、今は岐阜にいっていて、未知の土地での体験を通して自己を形成していっているように感じています。平良さん自身の長い77年の人生の中でこういう経験とか実感があるのかどうかをお聞きしたいです。
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