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ハイブリッド構造としての民家 平良敬一:まず4月5日の講演会でアピールしたかったことを要約してお話しておきたいと思います。キーワードはハイブリッドなんです。古民家再生工房の仕事を見に行って感じたことがハイブリッドだったんです。私は民家の専門家でもないし、歴史家でもないんですれど、勝手に民家のイメージを最近ぐらっと変えました。民家というのは我々が知っている、寝殿造りや書院造などの造形や規範がはっきりしているものとはちょっと違うんですね。我々の住まいであった民家とは、縄文時代や弥生時代などは竪穴式だったわけで、それとは違うところで支配者の御殿があったんです。御殿と民家の決定的な違いは、秩序立ったものではなく、自由に様々なものの影響を受けて形成されてきていることで、そのことがとても印象的です。民家論というより民家造の歴史という視点で一万年を越える民家の歴史をみたとき、それは動的でけしてスタティックなものではない、いろんなものが共生しているという、自然と人間の営みが混成したもの、それが民家だと思うんです。それを一番言いたい。古民家再生工房の仕事を見て、混成していればなんでもいいわけではなく、それなりの設計の方法を越えた美学があったんではないかと、強く感じました。つまり民家は混成体つまりハイブリッド構造であったのではないかと。この「ハイブリッド」が今日も私のキーワードなんです。それをまずみなさんにアピールしておきたい。 数寄屋造りもそうなんですが、それに決定的に影響を与えた利休の草庵茶室なども、僕の中ではハイブッリド性空間の極地に見えるわけです。そういう見方で良いのかどうか、皆さんにも議論していただきたいと思います。そのことについて、別冊『住宅建築 民家は甦る』のなかで書いたのですが、まだ不完全なのでもう少し詳しくまとめてどこかで発表できればなあ、なんてことも考えています。
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「都市主義」と「田舎主義」の対比 平良:今日の本題は「都市主義の限界」というテーマにしました。このテーマの背後に仕掛けられているのは、田園都市構想の問題です。今日は長谷川堯さんがいらっしゃっているので、僕は長谷川さんにはっぱをかけたいと思うんです。同じような田園都市構想の理想について語るばかりでなく、もう少し社会活動として一歩二歩踏み込んだ具体的な実践論を提示していただきたいと考えています。後ほど、ご意見をお聞きしたいと思っています。
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養老孟司(ようろうたけし) 1937年 神奈川県生まれ。東京大学医学部卒業後解剖学を専攻。東京大学医学部教授、北里大学教授をへて、現在東京大学名誉教授。主な著書に『ヒトの見方』 『解剖学教室へようこそ』ほか多数。
アンリ・ルフェーヴル
羽仁五郎(はにごろう) |
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都市化とは石油エネルギーによって生み出された 平良:日本の歴史について養老さんは、日本において古代から中世というのは、都市主義から田舎主義への転換で、中世から近世へは田舎主義から都市主義へ転換であるとみる。それから江戸300年の都市文化が栄えた。そいうようなおもしろい見方をしている。
では都市化とはどういうことか。彼流にいえば、石油のエネルギーがつぎ込まれて、急速に世界中が都市化したことだ、としている。 |
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田園都市の実現に向けて 青山恭之:ここで、田園都市の実践というようなことが話題にでましたので、藤本昌也さんにつくばでの活動についてお話いただければと思います。 藤本昌也:私は建築家大高正人さんのところで修業していたのですが、当時大高さんは、日本の農村集落をどう考えるのかという事や、農村から都市を見る視点が大事で、都市のアンチテーゼとして農村を考えたいということをしきりに言われていました。また、石見さんの本にも日本型田園都市のひとつとして、福島県三春町について書かれていたと思いますが、大高さんの故郷でもある三春のまちづくりを現在に至るまで長年にわたって継続的に実践されている方です。 |
大高正人(おおたかまさと) |
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純粋化が排除したハイブリッドの復権 安藤邦廣:これまでのお話と直接は関係ないのですが、平良さんのレジメを興味深く拝見して、今平良さんがどんなことを考えているかがわかり、それは私が考えていることとも重なる部分がありましたので、その点を私の解釈も踏まえてご質問したいと思います。 平良:純粋化とハイブリッド化は、どちらも現実に現在進行中だと思います。僕がモダニズムと考えているものは、依然として純粋化を進めている。日本の先端をゆく建築家のデザインは、どうもそういうものに思える。それを私が不満だと思う理由は、都市化の中に生きているにも関わらず、僕の中に田舎主義があるからだと思います。純粋化の反対に、純粋化さえも巻き込むハイブリッドがあります。田舎的な要素を、この都市化の中に復権させるようにしたほうがいいのではないか、それが僕の考えです。では、どんな重心の置き方をしたらよいかというと、我々は田舎の実態を把握する必要がある。そこに起点を置いて、町づくりも建築のデザインも考えていかなかればならない。モダニズムの純粋主義が排除してきたもの、広くいえば自然ですが、その要素を生活の中に復権ささていくこと、そういったイメージでいます。 安藤:やはり都市は純化と考えていいのでしょうか。 平良:いや都市もやはりハイブリッドですよ。というか、純化というのはありえない。局部的にはありえても、それ単独では成立することができないのですから。そのような状態で都市は進行しているし、それを止められない以上は、その条件を元にして考えていかなければならない。ハイブリッドだから良いと言っているわけではなくて、ハイブリッドであるとすれば、それを踏まえて成立するような物作りを考えていくべきなんです。 泉幸甫:僕も田舎で育って、学園紛争を経験してきました。今僕がつくっているもの中の一つに、集合住宅があります。村みたいな集合住宅を都市の中につくっています。平良先生や安藤さんのお話を聞いて、今まで僕がやってきたことが、ああ、結局は都市と村との関係の中でやってきたのかな、そんな軸のようなものを教えていただいたような気がします。「農」「緑」「住」もこれも三つの混成体の要素だと思うのですが、それに何かプラスされたものが先程お話いただいたように「民家」なんだと思います。それが僕のなかでは集合住宅なんですけれども、それをどうやって発展させていけるかなあと考えています。 |
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