神楽坂建築塾 第二期 第9回講義録テキスト 森から建築へ―板倉の家― 講師・安藤邦廣氏(筑波大学教授) 2000年9月9日 於・アユミギャラリー高橋ビル
民家構造のひとつである「板倉」。それをヒントに四寸角柱の間に杉の厚板を落し込み、構造(耐力壁)と化粧(仕上)とを兼ねさせる独特の四寸角構法を確立した安藤邦廣さん。今回は現在の林業・木造住宅の状況や問題から、森林との共生することの意義、板倉の家をつくることで環境的にどのような効果があるのか、とても興味深いお話をうかがいました。
あんどうくにひろ氏 略歴
1948年 宮城県生まれ。
1973年 九州芸術工科大学卒業。東京大学建築学科助手(内田研究室)を経て、現在筑波大学芸術学系教授(建築学・建築構法)。工学博士。
主な活動・著作
『茅葺きの民族学』(はる書房) 木造建築研究フォラム・季刊『木の建築』編集長。
板倉についての問い合わせは
設計工房禺(茨城県つくば市上境389 0298-57-8844)まで。
板倉の家を自分の設計のライフワークとして考えている一方、大学の研究者という立場で民家の研究を行っている。建築を設計する人間がどのように民家を見たらよいのか。また、民家を再生することの意義を話していきたいと思う。そして、技術的な面だけではなく、民家を基本として考えるということが建築を設計をする上で大きな可能性を持っていることを考えて頂きたい。
今日お話する「板倉の家」もこれからの日本の住まいとして見たときの一つの例だと言える。板倉の家が全てではないが、民家の持っている技術を現代に生かせるということを示したい。
民家と森林
民家とは、 地域的にその特徴を表しているが、それは気候条件という理由だけではなく、何故そのような違いが出てきたのか今のところはっきりと分からないがところも多いが、生活の総体を表している。民家を形づくっている基本的な要因は、森の資源だ。人間は縄文時代から肥料や水、燃料など生活の全てを森から得て、森林と共に生きてきたのだ。しかし、昭和30年代に石油化学の時代になり、森は捨てられた。民家の歴史を考えた時に、その時代の森林との関係が非常に深い。
現在、どのような木造の住宅をつくれば良いのかというと、今ある“森”の状態を把握することが一番大切である。森にどのような状態でどのような木があるのか、それによって民家の構造、民家の空間が決まってくる。
戦後の30年間、住宅は外材で建てられた特殊な時代と言える。それは長い歴史の中の一瞬に過ぎない。この間耐久性・居住性などの違いが日本の文化に変化をもたらした。その危険を背負ったままこれからの住まいづくりをしていかなくてはならないことは 問題が多い。だからその30年間を見るのではなく、それ以前の一万年間の日本文化の住まいまで見つめてこれからの住宅を考えて欲しい。
明るい森を
日本の国土の三分の二が森林、その内の約半分が人工林。またその内の三分の二が杉の人工林であるから、結果的に日本国土の12%、つまり九州全土の面積が杉の人工林ということにあてはまる。杉は日本固有の木である。成長が早く、柔らかく、とても扱いやすい。そうした特徴があって、 戦後、燃料資源として木は切られ裸となった山に、とにかく碁盤の目状に杉を植えた。それが人工林の背景だ。しかし 復興後、杉でつくられていた燃料や材料が、石油化学製品に取って替わった為、 現在樹齢20年〜40年の杉が日本の山に多く眠っている。その荒れた人工林を見ると、木材生産の効率だけを計ったその時代の社会的背景や思想が反映されていることが分かるだろう。
よく“自然を守れ”といわれ、木は切らないほうが良いと考えられるがそれは自然林に対することであり、人間がつくった人工林は、循環して木を利用しなければ森は荒廃してしまう。木を重要な資源として利用し生活を組み立てることで、森との共存を計らなければならないだろう。
森を循環し永続させる為には、 木を20〜30年で伐採し、森のサイクルを循環することが最も効率の良いシステムだろう。木は若い木ほど太陽効率が良い。最初の20〜30年間、木は太陽エネルギーを使って成長し、大量の二酸化炭素を吸収するので地球の温暖化を防ぐ役割も果たしてくれる。人工林は、木をつくる場所としてだけではなく、地球上の一酸化炭素の濃度を下げるという環境問題にも貢献しなくてはならないだろう。又、森の手入れの重要性は木を消費する為だけではなく、間伐や間引きをすることで土壌に陽が射し、多くのバクテリアが繁殖し、土壌が肥えれば木も成長する。明るい森になることで森林の生態系の循環がなされる。
現在の林業の問題に、適地を選ばず杉を植えてしまった為、山崩れや災害が起きている。そしてもう一つが、林業労働者の問題だ。森を手入れする人の確保が難しくなっているが、日本の地形では機械を使って木を伐採することは不可能に近い。木材の価値が見直され、上手く循環して利用されるようになれば、林業経営も成り立ち、山にも希望が持てる。山に住む人が増えなくては山が守れないのだ。
その一方で、森林を人工林から時間をかけて、気候や地形や土質に合った、豊かな混合林に戻すことは言うまでもない。
森から建築へ
木を建築材料として利用する場合、木の乾燥が最も大切である。一つの方法に、伐採した後三ヶ月程、葉を付けたまま放置しておく「葉枯らし」というものがある。木の内部から水分を抜くため、内部の組織と繋がった葉から水分を出す。干割れを防ぐ他に軽くなるので運搬も容易になる。運搬した後、もう一度水に浸ける。水に浸けるとまた重たくなると心配するかもしれないが、木は水に浸けた方が乾くのだ。「水中乾燥」といって水に浸けることで細胞の中の弁が水の菌によって腐り、穴の開いた細胞の中から水が流出する。例えば、伊勢神宮の20年後に使われる桧はすでに水に浸けてある。しかしそういった学説的な研究は最近になって立証できたもので、昔から経験的に分かっていた。その経験に研究が追いつかない。その為に“基準”がつくれず伝統的技術が廃れていく不利な状態に陥っている。
現代は機械的に短時間で木材を運搬し、工期を短く経済効率を上げているが、ほんの半年でも時間をかけることで質が変るのだ。森も木の家も“時間”がとても重要だ。
木造建築は自然を守る
地球温暖化を防ぐ条件として、CO2(二酸化炭素)の削減が挙げられる。木は燃やした時と腐った時に二酸化炭素が発生する。例えば、森の木を50年で伐採し、住宅の材木として使用する。その時点では木の姿が変化しただけで、二酸化炭素は多く発生していない。又、若い木をある一定の年代で伐採すれば多くのCO2を吸収し、それを利用すれば森と家は環境を破壊せずに循環される。木が生長するまでの約40年〜50年間、それ以上長く住宅(木材)を使えばそれだけ二酸化炭素が放出されず、温暖化が防ぐことができるのだ。
その点で昔の民家の木材というものは二次三次利用されることで森との関係を守ってきた。今の住宅では20〜30年で建替えられ、森林資源との帳尻が合わない。どんなに簡単に安くつくっても、環境保全の観点から考えれば持続できず将来がないと言わざるをえない。そして、一本の木を使用する上で歩留まりは約半分なので、理論的に樹齢50年の木を100年以上使わなければ「木造住宅が地球に優しい」などとは言えないのだ。木を有効的に利用する為には、金物を使わず解体可能なつくりにし、部材を小割りにせず再利用を可能にすることだ。2×4などの建材や合板は最初から小さくし、木材の価値を損なっているのではないだろうか。
木材の欠点に燃える・腐る・狂うとあるが、まず木材は鉄やアルミに比べ着火してから強度の低下に時間がかかるので人間にとっては火災時に逃げる時間がある。又、腐ることを恐れ防腐剤を塗ってしまっては再利用が不可になる。「腐る」ということは、自然に還る=ゴミにならないと言える。「狂う」ことは木が温度湿度をコントロールし、室内の環境を快適にする為に良く働いているのだ。そのように逆に考えれば木材は人間にとって安全なものであり、有用な生き物なのだ。
なぜ「板倉の家」なのか
現代の民家をみると大工の技術的な素晴らしさがある反面、現代の住まいとしてはデザイン的にも受け入れることは難しいだろう。木材の特性や耐久性を生かし、現代の家族関係を反映した住まいの設計が今日の若い建築家が取り組まねばならない重要な課題だと思う。
これまで話した日本の木造住宅をとりまく状況について整理してみると
1)杉桧の柱材を最大活用することが日本の林業を守る。
2)大工技量を発揮できる構法の開発が必要である。
3)自然素材としての木をあらわした骨太い木造空間が求められている。
それに対する一つの提案が四寸角構法(板倉)というものだ。今の森の現状では、節だらけの杉の一等材が山林に出番もなく眠っている。それらを構造材として四寸角の柱梁をつくり、杉の一寸厚板で壁・床・屋根をすべて構成することにした。目荒の材ほど断熱性があり、湿度も吸収するので壁板としては適している。又、部材断面の種類を減らせばコストダウンにつながる。ここで杉の厚板を使う狙いは以下のように整理される。
1)壁を落し壁として構造耐力を期待する。
2)床板、野地板として下地を省略して構造材に直接張ることで水平剛性を期待する。
3)厚板で床・壁・屋根をすっぽり覆うことでシェルターとしての基本的居住性を獲得する。杉板の優れた断熱、保温、調湿効果を期待する。
4)内外装材として耐久性のある仕上げ材となりうる。
5)厚板の難燃性に期待して燃えにくい木造をつくる。
落し壁による耐力壁
柱と土台、梁の接合部は柄さし込み栓とする。厚板は本実加工とし、軸部材に深さ五分の溝を彫ってそこに落し込む。これで壁としてある程度の気密性と雨仕舞いは確保されるが、耐力壁として剛性に乏しい。それを補うためにも気密性、断熱性を高める為にも片面を何等かの面材で覆う必要がある。仕上げ材と落し板が一体となることで初期剛性が増し、板の乾燥収縮により落し壁が下に落ちて、壁の上部に隙間ができる問題点も解決される。
柱や壁板などの構造材は金物を使用しないので耐久性は100年を期待している。逆に仕上げや屋根材は釘を使うので耐久性は20〜30年。地震の際はラスモルタルが崩れ落ちるが、建物の倒壊は免れ、地震後は歪み直しをし壁を塗り直せばもとに戻る。人間と同じ、治し易いということが長く生きる方法だろう。
又、屋根と床を二重とし、その間に珪藻土に木炭を混ぜ合わせたものを敷き込むことも試みている。屋根の場合、冬の断熱性と気密性を高めたもので、二階床については遮音性を高めている。
今後の課題は、近年の耐震構造の考え方だけで民家の構造も一律に評価するのではなく、貫構造と土壁の優れた特性を評価した新しい耐震基準が必要だ。
※参考文献 「住宅建築 1991年4月号」
「住宅建築 1998年7月号」
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