神楽坂建築塾 第六期 修了制作

紀州と埼玉と神楽坂

神楽坂建築塾塾生 榎本 哲也

目次

1.KISHU

3.KAGURAZAKA

2.SAITAMA

  

1.KISHU

 私が生まれた和歌山県田辺市は紀伊半島の南部に位置する人口7万人余りの街である。町名に上屋敷、下屋敷という名があるように城下町の名残を今もとどめる和歌山県第二の商業都市であり文化都市でもある。
 私が育った家は市街のほぼ中心の住宅地にある。海まで歩いても10分余り、自転車で20分も行けば川もあり、子供の頃は河原でメダカ採りをして遊んだものである。もっとも今は砂浜が埋め立てられ海浜公園が建設中だし、川は護岸工事がなされ(今でもメダカはいるらしいが…)河原はほとんどなくなってしまっている。
 私の父親が伯父とともに営んでいた製材所工場と会社は自宅より車で10分位の所にある。今も工場で桧のおが粉の匂いを嗅ぐと子供の頃、父にくっついて行った機械が止まった休日の工場の静かな情景が思い起こされることがある。
 私が育った家は昭和29年に建てられた。その後何回かの大幅な増改築がなされ現在に至っている。しかし玄関部分、8帖・6帖の二間続きの和室と縁桁のある縁側、玄関脇にある応接間の部分はほぼ建てられた当時のままである。今も帰省したときなどに縁側で寝転んで日向ぼっこをしながら本を読むのが楽しみだし、和室の天井板の板目を眺めているだけでも心が安らぐ。また、人の親となりわが子がその縁側で昔自分が遊んだ古い玩具で遊ぶのを見ていると懐かしさにも似た不思議な気分になる。

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2.SAITAMA

 東京の大学に進学後、某大手木造ハウスメーカーに営業として勤め始める。時代はまさにバブル期にさしかかろうという頃である。会社は10,000棟の受注棟数を目指し突っ走っていた。そして受注棟数の伸びとともに建てる建物はますます企画化が進み、プレハブ化していくそういう時期であった。総合住宅展示場に来られる一般のお客様はハウスメーカーに対してキレイでベンリなステキな生活がそこにはあるのではないかという期待と大手一流企業というブランドで建てたという満足感を求めてやって来る。一方、ハウスメーカーはそんなお客様の購買心理をくすぐるイメージ戦略をめぐらせるという図式は今と同じである。

 現在は埼玉県で木材建材流通=いわゆる町場の材木屋に身を置く。紀州材の関東での販売の窓口として構造材を供給し、その他住宅資材全般を扱う。販売の対象となるのは地場の大工さんであり年間数棟から数十棟の地場の工務店である。地場工務店を取り巻く環境は一部を除いて年々厳しくなっているように思う。 一般的に地場工務店は独自のコンセプトのある商品を持っていないことが多い。また受注先についても親の代から引き継いだ地縁血縁に基づく紹介などに受注を頼っていることが多い。私が今の仕事に就いた10年程前までは特にそうであったように思う。ネット文化が普及した現代において家を建てたい人はいつでも誰でも欲しい情報を得ることができるようになった。さらに、この10年というのは受注競争が激化している。特に1990年代後半からのパワービルダーと呼ばれる超低価格で販売する分譲会社の台頭は目覚しい。それらが独自商品を持たず、積極的な情報発信の苦手な一般の地場工務店の受注を圧迫してきている要因のいくつかであろう。

 さて、町場の材木屋業界であるが、その環境は工務店業界のそれに輪をかけて厳しい状況にある。材木屋はお客様である工務店が仕事をとってくれて始めて仕事が生まれる業種である。それが一部の積極的な工務店を除いて受注が細っているのだ。また、工務店の経営者が高齢化し後継者もいないなどで廃業され、お客様である工務店そのものの数が減ってきている。また、当然厳しいコスト競争にも打ち勝たねばならない。私達の場合は国産材の杉・桧を主力商品として販売しているのでどうしても構造用集成材とのコスト競争がついてまわる。前述のパワービルダーのほとんどは構造用集成材を標準採用している。そして構造用集製材と構造プレカットとは極めて相性が良いのでパワービルダーの台頭と足並みを揃えるように大型のプレッカト工場も現れてきた。その中には時間当たり20坪以上加工し月産で6万坪(30坪換算で2千棟)も加工できる効率化を極めたモンスター級の工場も現れた。そのような大型プレカット工場や大資本流通との競争は今後も一層激しくなるであろう。しかし、地場工務店の中でも高い志と確かな戦略で確実に成長している工務店がいるように材木屋もその存在意義を明確に示すことで流通の中に自らのポジションを築くことができるのであろうと思う。

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3.KAGURAZAKA

私は建築学を専門に学んだことは一度もないし、住宅営業を経験しているとはいえ大きな組織の中で本当に住宅建築に携わったと言えるのかはやや疑問である。しかし、今も確実に住宅建築業界の中に身をおく。そして今、家に対して想う時、最初に頭に浮かぶのはやはり「故郷の実家の縁側」なのだ。また、私の子供にも「おじいちゃんの家の縁側」を大事に記憶に留めておいてほしいとも思う。そんな事を近頃素直につくづくと思う。

現代は環境問題やシックハウス、日本の山林問題、数十年のうちには確実に来るのであろう大地震への備えなど大きな問題が山積みである。さらにそれら一つ一つはどれも後回しにできない最優先課題である。それらの問題を常にしっかりと見つめ、競争にも打ち勝ちつつ、次の世代に安心して残せる家造りに参加する。そんな前向きの意志を持った材木屋でなくてはならない。

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