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前号のアユミギャラリー通信で紹介されていた『長谷川潔・岡鹿之介二人展』へ出かけてみた。長谷川潔の版画は、雑誌の片隅にでものっていたものを見たのであったか、不思議と心ひかれたのをおぼえている。
一九一八年、二十七歳で日本を離れて以来一度も故国の土を踏むことのなかった潔。パリを愛し、当時ほとんど忘れ去られていた銅版画の一技法マニエール・ノワールの蘇生に情熱をかたむけた。彼の描くものは何の変哲もない花や鳥や風景であるにもかかわらず、そこには深い神秘がやどっている。絵の中に人物がほとんど出てこないためか、第三者である私は彼の世界のたった一人の登場人物になることができた。
マニエール・ノワールのビロードのような深い深い闇に接したとき、私はなぜかなつかしくて仕方がないのだった。それは、一瞬のうちに過去へ遡り、自分自身の産声をかすかに聞くような深いなつかしさであった。
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