文・ゆふねなおこ


日々を歌う 43

筋肉たち


 整形外科医のE先生は悪代官のようなこわもてである。その顔をカルテから上げると
「椎間板ヘルニアだね」と私に告げた。そしてベットにあおむけに寝ている私のお腹をペコンと押すと
「あんた、まったく腹筋がないよ。これじゃ自分の体重だって支えられないね」
そして今度は私の二の腕をつまみ上げ
「とにかくね!筋肉がないんだよね、筋肉が!あんた、なんだかんだと体調があまり良くないようだけど、そんなもの筋肉さえちゃんと付けばすべて直っちまうよ」と大きな声でどなった。
「まだ若いんだからさ、これから筋肉を鍛えて天然のコルセットを作るんだな。そしてもう、二度とここへは来るなよ!」E先生は満面の笑みを浮かべてそう言った。病院へ来るな、と言う医者も珍しい。E先生は人相と言葉は悪いが、患者のことを本当に考えてくれる医者のようだ。私は深々とおじぎをして立ち去りたい気持ちだったが、それはかなわず、心のなかでめいいっぱい頭をさげた。

 もともと体があまり丈夫でなく、病院を転々としたこともあったが、最近はそれも体質だから仕方がないと思っていた。しかし 先生の言葉を聞いてやわらかい光がさしこんだような気がする。

 思えば、編集という仕事は座っている時間がとても長い。一日中ゲラを読んで根をつめる。その上、両親と暮らしているので、家事のほとんどを母にまかせっきりであった。会社から帰ってくると、すでに出来上がっている温かい夕食を食べ、「時間がない」などと言っては後かたづけさえろくにしてこなかった。「汗を流して体を動かす」ということを、日常からまったく忘れ去ったような生活が当たり前のものとなっていた。その上、生活用品のことごとくが簡単便利で、ボタンひとつですんでしまう昨今だ。これでは私の筋肉の出番などまったくない。

 個人差はあるだろうが、デスクワークをするかぎり、自覚的に体を動かさないと、筋肉の衰えをくいとめるのはなかなか難しいように思う。今年の三月に椎間板ヘルニアをおこしてから三ヶ月。満員電車のなかでの立ちっぱなし、仕事にはいってからの座りっぱなしで症状は思うように良くならなかった。寝返りをうつときの痛みで睡眠不足となり、最後は疲労から微熱が続くようになった。良い人々にかこまれての仕事だったが、ゲラを読むのさえ集中することができなくなり、この六月いっぱいで会社を辞めざるおえなくなった。

 退社してから二十日あまりが経とうとしている。初めの一週間は、熱のために昏々と眠りつづけた。しかし静かに横になっていたことが良かったようで、腰の痛みはかなりひき、眼の疲れもうそのようにひいた。夕方、涼しくなってから軽く近所を散歩しているが、筋肉は確実に衰えてしまっている。けれど、ここであせっても仕方がない。少しずつ天然のコルセットを作ってゆこう。

 病気や怪我はしないにこしたことはないが、なってしまったことによって意外な発見をすることもある。今まで筋肉のことを意識する経験などほとんどなかったが、何でもない小さな動きをするのにも、いかに筋肉が巧みに動くのか実感をもってわかるようになった。痛む場所をかばうために多くの筋肉がいじらしいほど良く働いてくれる。こんなところにも筋肉があったのか、と思うようなところが筋肉痛になったりもする。それは少しばかりうれしい痛みだ。

 これから私の筋肉がどのように育ってゆくのかわからないが、今はE先生の言った言葉を信じてみようと思う。そして「二度とここへは来るなよ!」と笑顔で先生が言ってくれたことが現実になるよう、私なりに今までの生活を見直してみようと思っている。

初出:2001年8月『アユミギャラリーニュース』第50号


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