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最近、日本の若い女性の間ではちょっとした中国茶ブームがおきている。お茶の種類も多く、また、かわいらしい茶道具のかずかずが女心をくすぐるのだろう。つぎつぎと中国茶専門の店もできている。器好きの私もごだぶんにもれずお茶そのものより、まず茶道具のいくつかを買いもとめた。小さな茶壷(ちゃこ・日本でいう急須)、さかずきのような茶杯、そして中国茶独特のよい香りを楽しむための聞香杯(もんこうはい)まで買ってしまった。時間に余裕のあるときは、それらの器をひとつひとつていねいに温めてお茶をいれる。まだ一度も中国を訪れたことのない私は、しばしエキゾチックな気分にひたりながら、味と香りを楽しむのである。
つい最近、歌人の集まりで中国人の金中さんと知り合いになった。彼は中国の大学の日本語科を出たのち、日本へやって来てもう六年になるという。流暢な日本語にも驚かされたが、日本語の文語を使いこなした短歌もなかなかの腕前だ。そんな金さんと中国料理屋で夕食をとりながら、中国茶に興味しんしんの女性陣は、彼に中国ではどんなお茶を飲んでいたのかを尋ねてみた。
「お茶?」と彼はきょとんとした表情で答えた。
「お茶はジャスミンティーくらいしか飲みませんけど」
私たちは少し拍子ぬけして、
「それではお茶の種類はどんなものが人気がありますか?」
「種類?うーん、くわしく知りませんねぇ」と、なぜそんなことを聞くのかよくわからない様子。私たちと金さんとの間にはかなりの温度差があったので、お茶の話題はそこまでどまりとなった。
その夜、「中国茶を楽しむ」というテレビ番組を見た。その昔、皇帝に献上されたという、今でも生産量の少ない貴重なお茶の飲み方が映しだされた。先生は日本人の中国料理家で、三人の若い女性が生徒役。
「さあ、皇帝の味はいかがですか?」との先生の質問に三人の女性たちは口々にいろいろなことを言う。それを見ていて私は急に、なんだかこそばゆいようなおかしいような気持ちになった。それというのもこの日夕食をともにした金さんの、あまりにお茶に無関心な顔がちらついてしまったからだ。そういえば、私たち日本人が日本茶についてそんなに関心をもっているだろうか。もちろん、静岡茶や狭山茶、八女茶などなどその名称は知っているが、そんなことをいちいち気にかけて日常お茶を飲んでいるだろうか。私は大の日本茶好きだが、飲むお茶といえば、母が買いおきしておいたものや人からいただいたものなどで、自分で意識して買うことなどごくまれなことだ。ましてや高級な玉露などなかなか飲む機会もない。もし中国の人に
「あなたはどんなお茶を飲んでいますか?」と聞かれたらちょっと困ってしまう。それを思うと金さんの反応が、妙に納得できるのであった。たぶん中国でも中国茶はごく自然に日常のなかにとけこんでいて、いちいち気取った器で飲むようなものではないのだろう。いつか中国を訪問してごくふつうの人々の日常をかいま見てみたいと思う。
しかし、たかがお茶などといってあなどることなかれ。その昔、金より高価とされたお茶は、戦争の原因ともなったのである。お茶にかぎらず、コーヒー、スパイスなど、今では何でもなく日常にとけこんでいるものをめぐって、戦争が繰り広げられた時代もあった。これらのものは歴史を大きくぬりかえてしまうほどの魔力をもっているのだ。
こんなことを書きつつも、やっぱり今日もお気に入りの茶杯で中国茶を飲んでいる私である。
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