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津軽ということばには独特の響きがある。なつかしいけれど、胸をつくような深い響きである。去年の夏、はじめて津軽を旅した。スケッチの旅であった。津軽へはゆっくりゆっくり時間をかけて近づきたいという思いから、盛岡から花輪線、奥羽本線などいくつかの列車をのりつぎ、津軽鉄道の終点までいった。大きな太陽の照りつける真夏の津軽平野は輝いていた。木の電信柱のあい間を、うねるようにして緑がおおいつくしていたのが手にとるように思いだされる。
先日、小さなライブハウスで、ある青年の津軽三味線をきいた。ずっと以前、今は亡き初代高橋竹山の演奏をテレビで見てより、魂をかきむしられるような津軽三味線の音色に魅せられていたのだった。CDを購入して、家で聞いてはみたのだが、いつか津軽三味線の生の音を聞いてみたいと思うようになっていた。そしてその願いが、ある友人のおかげでやっと現実のものになったのである。
津軽三味線はそのあまりに激しい奏法により、ひきつづけるのは五分が限度だと人からきいたことがある。青年のひたいから汗がしたたり落ちる。
そして、いよいよ「津軽じょんがら節」がはじまった。彼の指先をくいいるようにみつめる。そのちから強さ、はやさ、そしてやさしさ。すべての音が縦横無尽にとびかう。不思議なことだが、そのうちその指先もまわりの観客たちも、わたしの周囲から消えてしまった。そして突然、あの夏の津軽の風景が目の前にひろがったのだった。小さな列車にゆられながら流していったなつかしい風景である。少しすると、その真夏の津軽の風景のなかに白いものが舞ってきた。三味線の音がいよいよはげしくなると、それは激しく降るようになった。雪のようだった。真夏の津軽はたちまち雪に埋もれていった。そのとき、あ、この太棹の三味線(三味線には、細棹、中棹などの種類があるという)の音のひとつひとつは雪なのかもしれないと思う。目を開けていても閉じていても雪は降りつづいた。いつしか雪と闇と拍手がとけあって演奏は終わった。
真夏の津軽の風景に雪を降らしてしまうほどのすばらしい音。音楽のことは何もわからないわたしではあるけれど、今はあのすばらしい演奏会に誘ってくれた友人に心から感謝している。
みなさんも、津軽三味線の世界をのぞいてみてはいかがだろうか。
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