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お酒は好きだ。お酒そのもの自体が好きというより、酔ってゆくときの雰囲気が好きなのである。好きではあってもとにかく弱い。ビール一杯で顔は真っ赤になり、もういい気分になってしまう。いくらお酒を飲んでも酔っぱらえない友人に言わせると、私は経済的な体質なのらしい。
お酒に関する思い出はいろいろあるけれど、よく覚えているのは、初めて男の人とふたりで飲みに行ったときのことである。場所はさだかではないけれどピアノのある品のいいバーだった。バーなんていうところに入ったのはもちろん初めてであった。わたしの目の前にさしだされたドリンクメニューにはずらりとカクテルの名前が並んでいる。もともとあまり飲める方ではないから、学生時代もみんなでワイワイ居酒屋で飲みあかすなんてこともあまりなかった。お酒といえば、ビールやチューハイくらいしか認識のなかったわたしは、まだカクテルの世界など知らなかったのである。知らないことを知らないと言えなかった十代の恋。相手をとても好きだったからなおさら背のびをしたかったのだ。青ざめながら、メニューをざざっと見まわすと、あ、あった、ひとつだけ知っている名前が……。次の瞬間、「マティーニを」と言っていた。知らないというのは恐ろしいことだ。カクテルといえば、カラフルな色と甘い味と思っていたわたしにとって、マティーニはあまりにからく、強すぎた。それでもカクテルとはこういうものなのかと思いこんで飲んだから、結局ぜんぶ飲みほしてしまったのであるけれど。
知らないことを知らないと言えないような疲れる恋は長つづきすることはなかった。その後、甘くて、美しい様々なカクテルを楽しむようになったけれど、まちがっても大人の味のマティーニをたのむことはないのである。やっぱり、お酒は気心しれた人とゆっくりゆったりした気分で楽しむのがいい。
ところで案外いいのがひとりで飲む日本酒である。ちびりちびりゆっくり飲めるのがいい。最近集めだした猪口のなかからその日の気分でひとつを選ぶ。とにかく器好きのわたしにとってお酒は器を集めるためのかっこうの言い訳となっている。とっくりも欲しいし、つまみ用の小皿も欲しい。そしてそれらをのせるお盆もなければならない。箸や箸置きも……とその欲はとどまるところをしらない。せめて大酒飲みでないことが救いである。
お酒は、飲めても飲めなくてもその場の雰囲気を楽しむべし。料理を、器を、そしてその上おしゃべりを楽しめたら言うことはない。
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