うたと文・ゆふねなおこ


  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
   
   
   
   
   
   

日々を歌う 33

プールの青年


 ひとくちに恋とはいっても、人それぞれ色々なかたちがある。惚れっぽい人、なかなか燃え上がらない人、禁断の恋の好きな人、などなど……。私はどうやら惚れっぽい方らしい。そして好きになってしまうと、もうどうしようもない。一晩中、月の動くのをあかずに見ていたり、とつぜん涙ぐんだりする。友人にそんなことを話すと驚かれるが、とにかく恋をするとほほけたような生き物になってしまう。「好きだ」という気持ちだけを食べて生きているような状態になってしまうのだ。

 今春から、近所のプールに通いはじめたが、そこで出会った青年に一目惚れしてしまった。私はまちがっても面食いではないが、彼を見たとたん、皮膚に水が沁み通るような恍惚感を感じた。とくに美しい顔だちというわけではなかったが、伏し目がちな白い顔のバランスが非常にいいのである。はかないような人を好きになったことは今までになかったが、やわらかく澄んだ気持ちがした。泳ぎながらも笑みがこぼれて、水中は白くゆがんでしまう。

 けれども、その後一ケ月もしないうちにどうやら彼はプールをやめてしまったらしい。しゃべることはおろか、声を聞いたことすらなかった一方的な恋心だった。

 ある日、雨の中を歩いていると、犬を連れた黒いセーターの青年が走り過ぎていった。その後姿はプールの彼に似ていたが、ちらりと見えた横顔はあの人ではなかった。その青年が霧雨の中で小さくなってゆくのを見て、どうしようもなく懐しいようなあたたかい気持ちになった。好きでどうしようもなくなってしまう恋もいいけれど、そうなる前の淡いような恋もいいものだと思った。

 それにしても、いつもいつもプールで彼の裸体しか見たことのなかった私は、黒いセーターを着た彼はさぞかし美しかったろうと想像する。恋をすれば誰でも、相手のからだを思いえがくだろうけれど、プールでの恋は相手の着衣姿を想像する少し不思議な恋でもあるのだ。

初出:1999年12月『アユミギャラリーニュース』第40号


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