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不思議な場所がある。七光台という土地だ。なにかの用事で、たまたま降りたったその土地に、わたしは強くひきつけられた。とくべつ美しい風景というのでもない。まして観光となるものがあるわけでもない。駅前には、さびしい沼地と、いずれは多くの家がたつことになるらしい切りひらかれた雑木林があるきりだ。枕木で作った線路ぎわの柵は、のんびりと列を作って、ぼってりと土のなかにささっている。仮設の駐輪場は、夕暮れともなればさびしいかぎりだ。
ここにくれば、どっちに歩きだしてもかまわない。カメラを片手に自由気ままだ。それにしてもこの土地で人に会うことはめったにない。小さな明るい墓場の横をとおりすきると、ほっそりした老婆がわたしを何回もふりかえりながら足ばやに駆けていった。畑をあらすモグラをおどかすためのペットボトルで作ったプロペラの音。からからからからせわしなく回って、雑木林と一体化してしまう。
春、ここを訪れたとき、あまり気持ちがいいので、駅でうとうとしてしまったことがある。そこへふたりの少女がきて、わたしにも懐かしいむかしむかしの歌をうたいだした。ひよどりが雑木林をざざっと過ぎて、春の赤い実を食べてゆくのが、うっすらとあけた目に映った。
「もし天国があるなら、あんなところかもしれない。けれどだれにでも見えるというわけではない。たとえあそこに立ったとしても」
夏場、黄しょうぶが咲きみちていた小さな沼地は、もう埋め立てられていた。やがて多くの家がたちならぶことになる地ならしされた土地には、赤い矢印がたくさん立てかけられてあった。
ここが変わってしまい、沼が埋め立てられても、たぶんわたしはずっとここが好きだと思う。大自然というのでもない、街というのでもない、そのあいだにはさまって縫うように生きている土地だ。あの赤い工事現場の矢印さえ懐かしい。
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