[ 月 ]
楓蓮 月 

 先日の満月の夜、外気は鋭く身体を刺したが、白く輝き紺碧の空にすーっとその姿を現す月は本当に心から美しかった。寒いのはきりきりして身に堪えるのだが、こんな東京ですら、夜空とそれを取り巻く大気が透き通っている様に肌に触れ、静寂を身に纏う事が出来るから良い。そうして見上げていると、穏やかで深い海の底に静かに身を委ねている様であった。
 月には神秘的な逸話が沢山ある。その中の一つは、『我々に見せる、見られることを許すその姿、その側面はいついかなる時も不変である』ということだろう。それは深く考えれば考える程に謎めいてくるものだ。簡易な説明は在るものの厳密には現代の科学をもってしても解き明かす事の出来ない一つの謎として我々は抱えている。
 しかし決して己の定めた側しか見せる事を許さないなんてこちらとしてはますます魅せられる。触れたいのに近付きたいのに決して許されないという事自体、より深く焦がれてしまう。時にそうしてその想いは、月を通して決して叶う事のなかった想いへと連なり、無自覚にも溢れ出づる想いをそうして繰り返し登る月へと託してしまうのだった。
 この地球上で、どこにいても何時いかなる時も、我々は必ず同じ、ある許されたその月面に触れている。それは裏側に位置する遠き国や絶えまなく戦火の飛び散る国、ずっと南の名もなき小さな島であっても…。月はそうして我々の想い乗せ世界を繋いでいる。

 誰しもかつて一度は月を見上げた事があるだろう。
 ・・・今宵も月を見上げたのだろうか?
 あの日“誰か”と観た月も今宵こうして見る月も、私達が知り得るものは何があろうと(たぶん)永久に変わらない。この地球上で何が起こっていようとも、いついかなる時も絶えず登り続けている。その頑なさが嬉しくもあり愛おしくもある。

 さぁ決して解かれない謎に包まれつつその確かさに自身を映し見、受けとめ受け入れ想いを託し・・・今夜も静かに眠りにつこう。

第二回みんなのコラム!・優秀作品 

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選者寸評

たくさんの人や建物や汚れた空気や喧騒やその他もろもろに満たされた都会の空にも、月は輝く。冬には冴え冴えと。満月の夜ともなると、(風流であっても偶然でも)見上げた者の心は浄化され、いっとき、その神秘の光の虜になってしまう(確率は高い)。作者もその一人。ロマンティックな想念に遊び、古の恋に身を焦がす喜び(ややナル?)。身近な日常を忘れ、非日常に踏み込む妖しい快感。人はあと何度満月を見上げることだろう?(映画シェルタリングスカイより)……人生は思ったほど長くない。そして、月もわれわれを見ているという事実。lunatic(ルナティック)とは狂った、狂人の意。寝顔に月の光があたると狂人になる、という言い伝えに惹かれるのは私だけではないだろう。「静かな眠り」についた作者の寝顔にも、今宵月の光は届いただろうか……。(kazu)