[ ワルシャワとクラコフの記憶 ]
梅林美穂 

 1988年夏、21歳の私は約2ヶ月のひとり旅に出た。出発前に日本で用意したものは神戸―上海の乗船券、北京―ワルシャワの乗車券。他の行き先は決めずに自分がその時、その時、行きたいと思ったところに行ってみようと考えた旅だった。
 この旅の中で、一番思い出深いまちになったのはポーランドのワルシャワとクラコフ。ポーランドでの約3週間、ほとんどを民泊させてもらった。
 ワルシャワである公園に座っていた私に学生の夫婦が「日本人ですか」と声をかけてくれた。それをきっかけに、その日から私はふたりの家に泊まらせてもらうことになった。
 彼らの家にはストックホルムから来た彼らの友人3人もフェリーに乗ってやってきて、私はみんなと一緒にまちを歩いた。どこでも長蛇の列ができるポーランドだったが、夫婦は私たちのために朝早くから列に並んで美術館の前で待っていてくれたこともあった。疲れた日に私は1日中どこにも行きたくないといって家で休ませてもらったこともあった。そんな日は夫婦の一人が家に残ってくれ、一緒に料理を作った。そして、毎日みんなで語り合った。「社会主義と資本主義」について、私はいつも聞いている方だった。
 彼らの友人がポーランドを代表する美しいまち、クラコフに住んでいるからと、そこにも私を紹介して泊めてくれた。クラコフでは小さい子どもが2人いる、暖かい4人家族の家に泊めてもらった。クラコフは戦争の被害を受けず古い建物が多く残るまちで、日本でいえば京都のようなところだとおしえてもらった。日曜日だったのか、まちの広場ではお祭りのように、民族衣装を着た人たちが踊っていた。この国を出るとき、チェコとの国境を歩いて越えた。出入国の手続きを終えてゲートを越えた瞬間に、私の目からは涙がぽろぽろあふれた。見送ってくれたクラコフの友人は何度も私の名前を呼んでくれていた。

第一回みんなのコラム!・佳作作品 

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選者寸評

16年前、当時21歳だった作者の忘れ得ぬ旅の記憶。若い頃の旅の記憶を抽き出しにしまっている人は幸福だと思う。何故なら、時を越えて、かつての旅を反芻することができるから。ひととき、若き感受性を蘇らせることができるから。作者が旅で経験した無償の親切は、元来人間が持ち合わせているはずの優しさだと信じたい。お金では得られない人生の真の豊かさや喜びは、こんな優しさから生まれるのだろう。私たちが、あとほんの少しだけ優しくなれたら、世界は今より平和になるに違いない。ふと、読者をそんな気持ちにさせるエッセイである。彼の地の友人たちは今、元気でやっているのだろうか。(カズ)