[ つれない彼女 ]

「そいつペコってんだよ」
 ネコを前にしゃがみ込んでいたボクに向かって、風呂上がりのオジサンがバイクに跨がりながら教えてくれた。熱海湯脇の階段にいるその猫はグレーのフカフカした毛並みで器量が非常によろしい。神楽坂に住み始めて一年半、初めてこの美人猫の名前を知った。
 ここ神楽坂にはネコが多い。そして個性豊かだ。人になついているネコ、人間不信のネコ、悠然としているネコ、やたらと警戒心の強いネコ、器量の良いネコ、そしてそうでもないネコ。また、ネコの集会に出くわすこともある。ボクはネコ達の横を通りすぎるとき(一応、周囲に人がいないのを確認の上で)ニャーとネコ語でこっそり挨拶して行くことにしている。
 いっぱいいるネコの中でペコはずば抜けて器量の良いネコだ。彼女(推定♀・未確認)は熱海湯のとなりの料理屋のネコで、店の裏口に座っているのをよく見かける。彼女はさすが料理屋のネコだけあって人になついている。いや、正確に言えば「人のあしらい方に慣れている」といった方がいいかもしれない。というのも、ボクがしゃがみ込んで撫でたりしても全然逃げることはない。しかし、そのうちすぐそっぽを向いてしまうし、そうしたらもうネコらしくニャーともないてくれないのだ。ある時、ひさしの上で寝てる彼女を見つけてニャーと声を掛けてみた。しかし彼女はちょこっと耳をこちらに動かしただけで振り向きもしてくれなかった。

 「こいつ人に慣れてるよねー。おーいペコ、ペコやーい」とオジサンは声を掛ける。ボクもそれにならって「ペコー、ペコちゃーん」と名前を呼んでみる。しかし、あまりにも鬱陶しかったと見えて、ペコは優雅な毛並みを見せつけつつ立ち上ると、自分の名前を連呼する男達をしり目に、闇の中に姿を消してしまった。後に残されたボク達は彼女が消えていった暗闇にしばし目をやりながら、そしてちょっと照れ臭そうに「んじゃ、おやすみなさい」といって別れた。

アユミギャラリーニュース64号(2003年12月)に掲載 

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