[ 煙突の引退 ]

 ボクの住んでる一水寮は、三畳一間、共同トイレ、風呂はない。よって銭湯通いである。
 幸いここ神楽坂には風呂屋が多く、寮から歩いて10分以内の所に三件も銭湯がある。一番近いところにあるのが第三玉の湯であり、ここは夜中の一時まで営業しているのでとても重宝している。行く途中に程良くカーブした小さな階段があり、冬の夜は玉ノ湯から立ち上る湯煙なんかが見え、お気に入りの眺めの一つである。「銭湯通い?大変だねぇ」とよく言われる。確かに毎回の入浴料はちと痛い。しかしそれを除けば意外と楽しいものだ。銭湯では一水寮の住人、隣の柿の木荘の住人によく会うし、湯上がりに夜風に当たりながら帰るのも素敵な一時だ。また銭湯ならでは、というか、「粋なもん」を背負ってる方とも一緒になることもしばしばある。花見の季節には的屋さんの御一行だったのだろうか?湯船に入ったら周りの人みんな、背中に虎だの弁天様だのがついていたなんてことがあった。よく見かける刺青者のオッチャンがいるのだが彼の体には刀傷の様な傷痕が残っている。そんな彼がある日湯船に浸かってたジイサンに向かって「また今度うかがいやす」と何度も頭をさげていた。あのジイサン、いったい何者だったのだろう?
 そんな玉ノ湯の煙突が無くなってしまったのだ。数日前に囲いが張られ「修理すのかな?」と思っていたのだが、その囲いは日に日に低くなり、囲いが無くなった頃には煙突の付け根だけが切り株の如くに残るのみだった。去年は確か煙突から煙が出ていたのでそのころ迄は薪を燃やして湯を沸かしていたのだろう。そういえば数ヶ月前に「ボイラーの修理」ということで数日間休業したことがあった。もしかするとその時に熱源が変わったのかもしれない。時を同じくして向かい側の高層マンションの入居が始まったので、何らかの因果関係を勘ぐってしまう。ともかく神楽坂から煙突のある風景が一つ消えてしまった。

アユミギャラリーニュース61号(2003年6月)に掲載 

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