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8月ももう数日で終わりというある日、ボクはひとり高尾駅にいた。霧雨が降るあいにくの天気。バスも出ているのだが敢て歩くことにする。理由は特にない。ただ毎回そうしている。ドンヨリとした空、水気をたっぷり含んだ空気、都心では不快であろうこんな状況もここでは何故かここちよい。視界に入る緑が多い所為だろうか。それとも最近話題のマイナスイオンのおかげか。ともあれ歩を進める。ユルユルと歩くボクの横を、がら空きのバスが通り過ぎてゆく。この道の先、そこで兄が待っているのだ。 「道を行くように」ということで兄は行夫と名付けられた。そしたらホントに二歳の誕生日を待たずに先に行ってしまった。そんなもんだから、数年後この世に生を受けた弟は「道草をするように」ということで草平という名を与えられた。といっても兄とは一度も会ったことはないので、正直、特別な感情というものはあまりもっていない。だから子供時分のボクにとって、墓参りはそんなにシンミリとしたものではなく、ともするとピクニックとほぼ同義であった気がする。ただ、物心がついた頃から、ボクには永遠に赤ん坊のままの兄がいた。しかしいつの頃からだろう、何か悩み事があるとここに足を向けるようになったのは。たしか浪人生の頃に模擬試験を受けに行くと言って、ここに来たことがあった。まぁここに来たところで、兄が解決策を耳打ちしてくれるわけでもないし、何か超越的な体験をするわけでもない。広々とした芝生に整然と並ぶ墓石郡、けっして手入れが行き届いているとはいえない山の緑。たぶん、単純にこの場所が好きなだけなのかもしれない。 兄の所に着くと既に夕刻になっていた。墓石に水をかけ、買ってきた花を供え、手を合わる。時折カラスが鳴くだけで、この広い空間にボク以外は誰もいない。実は無人の世界に自分だけ取り残されたのでは、などと夢想してみたりする。暫くすると閉園を知らせる放送が聞こえてくる。霧雨はいつしか雨になっていた。 アユミギャラリーニュース69号(2004年10月)に掲載
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