[ 『近代建築史への旅−第15回スケッチ展』に寄せて ]

 近代主義は即ちモダニズムであるが、日本においては近代建築とモダニズム建築とは必ずしも同義とはならないようである。
 欧米において、近代建築とはインターナショナルスタイルに代表される、装飾を排除し、機能を重視した建築を意味し、モダニズム建築と同義である。伝統的な様式主義建築からの離脱は、封建社会からの解放を意味し、機能合理主義の推進は民主主義社会の到来であり、その先には明るい未来があると人々は信じて疑わなかった。様式主義建築から近代主義建築への移行は革命的大転換であったのである。
 一方、日本における近代建築とは一般的には明治以降のいわゆる擬洋風建築を主に指す。西欧における前近代的様式主義が日本の近代化に導入されたのである。日本的なるものから脱する脱伝統主義である点で近代化と言えるが、これは、日本の近代化というものが民主化であるとか機能主義であるとか合理主義を指向したというよりも、とにかくまずは西欧化であろうとすることに起因している。西欧諸国と肩を並べる国力を持つ事が至上命題とされていたのである。
 そうした西欧化が言わば2次的に齎した民主化により武士が消滅、国民皆兵の考え方が徴兵制へと進行、次第にナショナリズムが高揚し、民主主義は全体主義へと姿を変え軍国主義を発揚していったが、その渦中では、擬洋風建築に捨て去ったはずの伝統を折衷していくという独特な建築も創出された。その後、日本も所謂モダニズム建築が隆盛を向かえるが、大きくは西欧化の潮流において、モダニズム建築の出現も擬洋風建築を指向した近代化の延長線上にあり、それまでも含めて近代化であるところが興味深いところである。
モダニズム建築は、それから高度経済成長期を経て市場経済主義に取り込まれ、形骸化し大きく変容し現在に至る。もはや単なる経済活動の産物に成り下がり、その形態は主義も主張もない抜け殻と化しており、モダニズムの成れの果ての姿がそこにある。
 『近代建築史への旅スケッチ展』では、モダニズム建築の登場ではなく高度経済成長期を日本においての転換点であると見るのである。
 問題としているのは、心意気であったり執念であったり論理であったりするなんらかの精神(spirit, mind, soul)が宿っているかどうかであり、スケッチをするという事はそういったなにかを感じているという事なのである。従って、「近代建築とは何か」といった定義付けを執拗に行う事はあまり意味を成さない。もし現代の建築に感銘を受けスケッチしようという衝動に駆られたのであれば、むしろ喜ばしき事と言える。
 にも拘らず、このスケッチ展が近代建築を冠するのは、日本の近代建築が巨大化した市場経済により駆逐されており、どこもかしこも抜け殻だらけになっていくことへの遣り切れなさが募るばかりだからである。
 『近代建築史への旅スケッチ展』は今回で15回目を迎える。



アユミギャラリーニュース68号(2004年8月)に掲載 

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