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[ 1991年の秋と『村野籐吾著作集』 ]
以上が、感慨深いこの秋の、ぼくの読書風景の成り行きだった。ふりかえってみると、この時期に『村野藤吾著作集』を落ち着いて読めたことは、ぼくにとって極めて意義のあることだったように思える。この本の中には《人の生と死と仕事》についての新鮮で濃密な空気が豊かに流れていたからだ。
その養分のあるメッセージとは以下の通りである。現在のぼくに響いてくる著者の言葉たちをいくつか紹介してみよう。
- 混乱を混乱として肯定してはどうか。伝統も、模倣も、独創も、直写も、すべて創造への過程とみれば、その一つにこだわっていることは神経質すぎる。混乱を、乱脈を、そのまま現世の姿と見た方が気楽だと思う。
- 建築とは形を含む思想であるといってもいい。
- 現代人はいろいろの意味で複雑な生活やその考え方に悶えているが、そのうちから、真にわれわれの生命に役立つものだけを残して、それだけで生活しようとするのが簡素な生活だと思う。
- 建物にも運不運があり、幸いに文化財になって残されるものもあり、人に拾われて貰い児になる建物もあり、それかと思えば名作と人に尊放されながら憐れな姿になって消えてゆくものもあり、人間の一生に似て深い興趣を覚えます。
- だから設計というのは建物が完成したときではなく、十年、二十年先が本当の設計ではないかと思います。
- こうしたものの計画では人間の心理を応用して狭いところ広いところ、折れ曲がったところをよく組み合わせて作らないといけない。すっと通っていたり道幅をきちっと揃えたりしては本当の人間の喜びというものが出てこないでしょう。
- 窓をただあけるだけならSTUDENTWORKですよ。むずかしいけれどもそれだけでしたら学生の方がうまいくらいです。しかし、やっぱり年季をかけないとうまくならないのは、窓まわりの感じですね。
- けじめのついた建物というのは、端々がきまっています。 きりっとしているところがなきゃいけないと思います。
- それは様式そのものではなく、そのなかに感ぜられる線や影やテクスチェアやデリカシーの美しさに心を移すことだと思っています。
- しょせんは自然をなしくずしに消費し、やがて社会的な条件においてでしか元には帰らないという事実を考えればなまやさしいことではなく、厳粛であり、現実的であり、しかもわれわれの仕事がもし許されるならば芸術でありたいという信念をもって行動しなければ建築家の日々はどうなのか。
- 私はそこで機械から電気やがて建築にいたるまで五年有半を空費することになったが、顧みて長い人生のうち五ヶ年の空費は、本当の道にたどりついたということでは決して悔いるところがないと思います。
- 究めつくして九九パーセントにいたろうとも、諸条件に耳を傾けることについて卑怯であってはならぬと思う。しかしながら、まだ一パーセントは積る。何人も侵すことのできない一パーセントが残る。たとえば村野の場合としよう。その村野自身でさえ、いかんともしがたい聖域であるように思う。この一パーセントが、ときとして全体に及びあるいは全体を支配することにならぬとも限らぬ。建築家と建築は、ここから生まれるのではないかと思う。
- つまりね、こだわらないで絶えずサムシング・ニューでやっていく。社会的条件は非常に変わっていくでしょう。それに対応してやっていくには、ひとつのことだけいったり、理屈だけいってたってダメですよ。絶えずサムシング・ニュー、これをやらないと。
- 自然と建物と土地とが平和的に、和やかにつながるというのが私の作品にはみな出ています。
- 後藤先生の教えを受けられたぼくらは運が良かった、いい建築を見たなといまでも思います。つくづく若いときに受けた印象というものは、一生を通じて動かないものだなと思いますね。
- なにも私は現代建築なんてことを考えませんもの、頭にあるだけのものでやってゆく。
- 私は自然発生がいいと思っている。これは一つの理論ですよ。時間をかけた理論だと思っています。
- 自分の生活を縮めて自分の私生活に費用をかけないようにすれば、いつか必ずくるに違いない。自分の力量さえきちんとしていけば、これが一番確かな手だと思うのですがね。その次が健康だと思うのです。
- 自分の蓄積を怠らないようにして、心も頭脳もそうですが、そうすれば五十からでたくさんです。長生きすることです。
- 概して名人といわれるほどの職人に共通したところは、仕事が生命であって彼らの本領は人の見えぬところで発揮された。総じて気難しいところもあるが、潔癖で名利に恬淡なところがあるので、話して教えられることが多い。
- 一つに土地、二番目に生産手段、三つ日には労働、この三つのファクターが結びついたものが建築だ、ということです。
ぼくの秋に『村野藤吾著作集』という見事な布石を打ってくれた田中さんの宿題に対して、結局十分な答えを用意することができなかったが、著者からの伝言を聞くことだけでぼくには精一杯だったし、十分に満足だった。唐突に不可思議にやってきた効用の多い長い読書だった。
所感としてあえて付け加えれば、この本は読む人のその時々の状況、心理状態で無限の教訓がひきだせるようになっている。著者独自の建築もまさにそうであったといえそうだし、それが村野藤吾という人間像であったといえるような気がする。
『住宅建築』1992年2月号 「私の本棚から」に掲載
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