[ 1991年の秋と『村野籐吾著作集』 ]

4 真夜中の製図板          12345

 夜も深まった頃、不謹慎にも思えたが、ほんの少しウイスキーを飲みながら、この分厚い本を少しずつ味わうように読んでいった。
 村野藤吾、1891年(明治24年)佐賀児唐津生まれ、20世紀を代表する巨大な建築家である今年はちょうど生誕100年にあたり、つい先日まで兵庫県立近代美術館で彼の回顧展が開かれていたらしい。1984年11月26日、93歳6ヶ月の壮絶な生涯を閉じた。この秋はすでに七回忌にあたり、この孤高な建築家の歴史的な位置づけ、今日的な意味も明らかにされつつあるようだ。
 この著作集を読みながら、ずいぶん寄り道も多かった。しばらく本棚に納まっていた『建築をめぐる回想と思索』(新建築社)、『建築の心と技』(新建築社)にも自然に手が伸びて併読したり、最近刊行された『三養荘』(同朋舎)も机にひろげ写真を眺めてはうなずいていた。
 三養荘の撮影にたっぷり一年をかけた友人の畑亮夫さんは、「本物は叫ばない。泰然自若、背のびせず静かに低く地に根をおろしている。優しく温かくそれでいて厳しい、そんな表情をどう表現したら良いのだろうか」とあとがきにその印象を記しているが、そこには、写真家としての的確な建築と環境の観察、それゆえ途方にくれた苦心がよくあらわれている。
 なるほど、菖蒲だ、花火だ、月だ、紅葉だといっては、繰り返し繰り返し三養荘に通いつめていた彼の姿が、あざやかに目に浮かぶ。
 読書も佳境に入った頃、友人建築家が進行中の仕事のイメージの参考に持参してくれた『日本現代建築家シリーズ・村野藤吾』(新建築社)も、強引に一時預かりとしてしまったし、著者が思想的に影響を受けたという『惜しみなく愛は奪う』『小さきものへ』(有島武郎)の文庫本も引っ張り出して道草をしたりと、ぼくの夜の机と製図板はずいぶんにぎやかになってしまった。


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