ボルンホルムの円形教会
sketch by Sohei Sakai

[ 二つの旅 ]

2 いつか何処かで                123

 まず、バルト海に浮かぶボルンホルム島の古い農家で三ヶ月の生活に入っていく。
『いつか何処かで』は、このデンマーク(ボルンホルム島)のラスムッセン家に到着した日から始まっている。島の全人口は,五万人,のどかで犯罪もなく、静かな田舎町であるという。頭を空に、ひたすら手と体を動かす日々。草取り、掃除、種まき、子守、家事、看板描き、いちご摘み、ペンキ塗りが彼女のおもな仕事だ。
 農家の手伝いをしながら、一日一日の行動記録が、手紙と日記に刻明に記されていく。落ちこんだり、疲れたりしながら、おもしろくて、おかしい、明るく、楽しい、しかもマジメな語り口。その中には、ぼくには、はっきり見えなかった、いや彼女が隠していた、生きることの迷いと闘いも読みとれる。増田悦子が増田悦子をぬける時の、つまりジャンプの前の力をためる時の姿を、一生懸命引っ張り出して書いている。
 しかし、それにしても,おおらかである。空に向かってのびのびと深呼吸しているような若々しい記録である。荒れた土地を耕し、種を植え、育った野菜を収獲し、本当のきゅうりのおいしさを知り、また牛や豚の肉の本当の色を知ったと、喜びのなかで記している。
 三ヶ月後の七月、ボルンホルム島を出発してからは、西ドイツ、スイス、オーストリア、イタリア、フランス、スペインと旅は続く。書簡や日記には、自己を見つめる旅の思索はむろん、日本の現代社会を見つめる目もきわめて冷静だ。何げない日常生活や人生の平凡さにも視線が注がれ、旅の細かな情景や出会いが、さりげなく、そして激しく語られている。
 しかし、残念なことに、この記録は、旅なかば、約九ヶ月で惜しくも中断してしまう。


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