『いつか何処かで』
 増田悦子著
 PMC出版
 1990.1


[ 二つの旅 ]

2 いつか何処かで                123

 同じように、枕木も線路もない上に青春の汽車を心ゆくまで走らせようとしていた若い女性がいた。
 増田悦子。1967年,静岡県榛原郡相良町、駿河湾沿いの小さな海辺の町で生まれた。夏は海水浴でにぎわう温暖な町だ。
 増田悦子は、ぼくの教え子である。武蔵美における彼女の卒業論文は、「子供のおもちゃと遊びについて」というテーマだった。そこには、藤枝市にある木のおもちゃ作りの工房に飛び込んで、実習、取材、研究したことが記述され、また、冬の中国(上海、蘇州、紹輿)を旅して、子供たちの遊びを詳細に観察し、日本の子供の現在と比較するということが素直に試みられていた。この中に、一貫して流れていたものは、人間(子供)と自然に対する深い愛情と洞察であり、彼女の並外れた行動力と責任感、明るさだった。増田悦子を特徴づけるこれらの性格は、おそらく、少女期から所属していたガールスカウトにおける熱心な活動の成果といえるだろう。そして、静かな相良の町が年に一度だけ大騒動になる桃の御船神事の時、決まって家に寄りつきもしなかったというお祭り好きの少女の心が生きていたともいえるだろう。
 また、卒論のあとがきに彼女は、「学校の勉強を通して、自分のための、自分の欲する勉強というものを知った」と語り、「これからも、いろいろな人と出会い、いろいろなものを吸収していくだろう。エピローグはプロローグ、今後とも、乞うご期待!」と元気に言葉を結んでいる。増田悦子は進学よりも、就職よりも、いさぎよく自らの旅を選び、自らの追求に進んでいく。
 卒業と同時に、たいした金も持たず一人ヨーロッパに向かう。金がなければ、ないほどよく見える旅、通過していく土地、土地で人びととかかわり、その親切を食べて生きていくという旅。予定はとりあえず1年間、旅の中で四つの季節を感じるためだ。


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