『南イタリアの集落』
 畑亮夫
 学芸出版社
 1989.10


[ 二つの旅 ]

1 南イタリアの集落                12

 南イタリアの集落の写真を見ていると、畑さんの今までの写真からは、見えにくかった何かが見えているような気がした。いつも通りの切れ味のよい繊細な構図の中に、すがすがしい解放感や人の心を安心させるような生活感が漂っている。生活の享楽を伝えて、素朴な豊かさを帯びている。35ミリというカメラのせいなのだろうか。南イタリアの明るさのせいなのだろうか。集落の形態のせいなのだろうか。
 たぶん、そのどれもがうなずける答えであるにちがいない。しかし、もっとも正しい答えは、畑さんの南イタリアの集落をみつめる眼と感性にあるような気がしてきた。積み重ねられた中世の璧に、一つの窓に、トゥルッリと呼ばれる円錐形の屋根に、人びとが生きてきた記憶と意味を感じている。石工や労働者の影を感じている。集まって住むことの活気とそのきびしい歴史的背景を感じている。  この本の巻末で字円川妙子さんが、イタリアの町とそこに住む人間を興味深く記述しているが、日常的な生活に信頼をおき、そこに人生を繰り広げることによって普遍性をもってくる生活空間の豊かさを、彼はじっくりと、とらえている。
 自然と建築というテーマの影で、『日本の集落』全3巻にわたって静かに流れていたもう一つの隠れた旋律は人間の生活への視線であったにちがいない。人生を謳歌する人びとの舞台である南イタリアの集落に触れて、畑さんのその眼差しがくっきりとあらわれてきたのではないか。
 この本は、南イタリアの魅力的な集落の紹介はむろん、披のテーマの深化と性格をはっきりと感じさせてくれる興味深い本となった。
 「過去と現在と未来、消えゆくものと踏みとどまるものの記録」と、語る畑さんの寡黙な写真によって、私たちは、人間の進歩とは何だったのか、人間の生活の本来の意味は何なのか、もう一度再確認されるはずである。
 集落の共鳴板のような彼の旅は、いよいよ佳境に入ったといえる。

『住宅建築』1990年4月号 「私の本棚から」に掲載 

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