![]() 『南イタリアの集落』 畑亮夫 学芸出版社 1989.10 |
1 南イタリアの集落 1・2 「枕木も線路もない上に汽車を走らせようとしていた」 30代にさしかかった畑さんが、日本の集落への長い旅をはじめた時の不安と緊張と決意を、自ら語った言葉だ。その中には、人生の中で花道とたとえられる大切な時代を、日本の集落をつぶさに見て歩くという地道な旅にふみきった若い写真家の興奮と夢も聴こえてくる。 以後、おおよそ15年の歳月が流れた。この間、畑さんは『日本の集落』全3巻(建築資料研究社)、高山の民家『吉島家住宅』(毎日新聞社)などの写真集で、当初の緊張と興奮のままに、しかも叙情に流されることなく、きわめて厳しく、そして誠実な感覚で自然の中にある日本の住まいの原風景ともいうべき記録を私たちに見せてくれた。 そして今回、『南イタリアの集落』(学芸出版社)がまとめられた。日本の集落への旅の一区切りを終えた彼が、生き続ける石の住まいに興味を抱いて出かけていった場所が南イタリアの小さな町や島だった。 その南イタリアは、ぼくにとっても格別懐かしいところである。もう、8年も経ってしまったが、ナポリから下って、シシリー島のバレルモ、アデリジェント、シラクーサ、メッシーナとあてもなく歩きまわっていた。 貧乏旅行だったが、時間だけは、たっぷりあった時代だ。晴れあがった初春の一日、プロシデ島にも遊んだ。ミモザが満開の季節で、セニョリータたちは黄色い花を手にしながら笑顔で歩いていた。畑さんがカメラを構えた水夫の集合住居を、ぼくも同じようにスケッチをしていたこともある。 index ![]() |