[ 壊されてゆく風景と散らかった部屋 ]

5 弓を射る少年(石林五[木果]村)   ※[]内で一文字

 昆明の南東、乗り合いバスで二時間余り、カルスト風景で知られる石林風景区に着いた。石林はその名の通り、奇岩怪石が林立している高原である。じっと見ていると大地はやはり生き物なのだという実感が伝わってくる。ここは2億8千万年前まで海だった。海底に沈積した石灰岩が造山活動でせりあがり、徐々に溶蝕風化してできた奇観である。桂林の山水奇峰もまた同じように出現しているはずである。
 その石林風景区の中にある五[木果]村を歩き始めた。荒々しい茶色の版築壁に引き寄せられてまじまじと民家を見ていたら、突然、私はサニ族の少年に弓で射られた。もちろん本物の矢を放たれたわけではない。
「何しに来たんだ。戻れ」
 直視する少年の目と手振りが鋭くそう語っていた。老人たちは少年の行為を頼もしげに見守っている。私は「うっ」と唸りつつ、即座に胸を押さえてその場に倒れる。演技をしながら、老人や少年の表情がやや緩むのを確認してほっとする。
 近年かなり観光化されている石林である。いわゆる観光公害といわれるような混乱も生じているのではないだろうか。民家探訪者には異空間への冒険であっても、この地で暮らしている人には地道な日常がある。違う文化、違う民族、違う歴史の空間を旅する人間は他人の生活をのぞきみするある種のうしろめたさを抱えながら、いつも遠慮がちに入ってゆかなければならないのである。また、サニ族は彝族の一支族にあり、唐代に始まる過酷な奴隷社会に延々と耐えてきたという歴史を有している。旅とは単なる体の移動だけでなく、心の移動が含まれているのだ。
 弓の洗礼を受けた後、サニ族の村人たちはみな友好的だった。何軒かの家を見せてもらった。どの民家の土間にも、煉瓦積みのカマドがあり、足踏みミシンや手桶、かわいい藁椅子等が置かれていた。ひんやりとした空気の中で、どこか日本の民家に通じる匂いも感じていた。
 分厚い壁の基礎部分には地面から巨石が突き出ている。いかにも石林という風土の家らしい。人と住まいはむろん一体だが、加えて大地とも一体なのだということを改めて実感する。実感しながら、生えている石によって生じている土間の亀裂をじっと見ていた。


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