[ 壊されてゆく風景と散らかった部屋 ]

3 マルチメディアとアナログ現場主義の合体(昆明)

 時間を一年前に戻そう。1998年春の昆明である。
 私は一顆印式の民家を探そうとして武成路、光華街、青雲街あたりの古い通りをぶらぶらと歩いていた。最初に昆明を訪れたのが1991年、あれから街は凄まじい勢いで変貌している。しかも、うれしいことにと言ったらいいのか、寂しいことにと言うべきか、街角にはインターネットカフェ等もある。白状してしまうと、旅先の私はアトリエとこうしたところで連絡をとりながら、雲南省の情報に目を通していた。荷物を最小限に絞り込むため「衣料は現地で、資料はインターネットカフェで」というわけである。民家探訪者の心得として、これは邪道のような気もしたのだが、時代はおかまいなしに高速化している。マルチメディアとアナログ現場主義の合体はこれから避けて通ることのできないテーマだと思っている。
 とはいえ不自由で時間のかかる旅が実は一番豊かである。それはその土地土地の日常の呼吸を深く心に刻むことができる、と同時に予測もつかないことに出会うからである。


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