『MAIKING SENSE OF WINE』 マット・クレイマー著 白水社 |
1 この世はなんとも微妙なものに溢れている 久し振りに大井町のラ・カンティネッタでワイン好きな友人と一緒にワインを飲んだ。この店のインテリアはアイデアコンペで最優秀賞を獲得した末武純子さんの設計によるものだが、我が神楽坂建築塾の塾生たちもボランティアに汗を流した店である。コンペの審査員で、この工事の監修者でもある僕は、未完成なこの店にたまにやって来て「なかなか進まないね。困ったな……」等と言いながらおいしいワインを味わっている。 店長の安藤文隆さんも神楽坂建築塾の研究生なので、彼は僕の教え子ということにな るのだが、ワインについては当然立場が逆転する。ワイン好きな友人とは榎明人さんのことなのだが、現在、僕の設計で八ケ岳に別荘のような自宅をつくっている。その地下に酒庫(ワインセラー)を設けたのであれこれとワインとその空間の在りようについて思いを巡らせている渦中なのである。そんな榎さんに安藤さんが薦めてくれたのは『MAKING SENSE OF WINE』というマット・クレイマーという著者の本だった。パラパラと繰ってみると、おもしろそうな本である。榎さんはさっそく買い求めて読んでみようと言い、僕もついつい読んでみたくなった。「とてもいい翻訳ですが、原本もあるのでそれもあわせてお貸ししましょう」と安藤さんが言い、さっさと中二階の書庫から素敵なカバージャケットの本を持ってきてくれた。 THINKING WINE、その第一章の冒頭にはジャン・ジオノの『流れる水』の一節が紹介されている。 One cannot know a country through geographical science alone ... I don't believe that one can know anything through science alone. As an instrument, it is both too precise and too harsh. The world is filled with so many sorts of tenderness. To understand them, and before knowing what they represent as a whole, one must yield to them. Jean Giono 「地理学だけでは、一国を知ることはできない。それどころか、何ごとによらず科学だけでは理解することなど、まずない。科学は手段として精密にすぎると同時に、あまりに粗雑である。この世はなんとも微妙なものに溢れている。そいつを理解しようと思ったら、その全体像を頭で考えるより先に、まずその前にひれ伏さなければならない」 この訳で 、tenderness を「微妙なもの」 に訳してしていることに僕はうんうんとうなづいてしまった。 マット・クレイマーのこの本は、どんな世界においても対象に立ち向かう態度とアプローチの方法が問題だ、ということから始まる。驚く人もいるだろうが、知識がそこに占める割合はきわめて少ないとも断言している。モミジの分厚いカウンターに頬杖をつき、ロゼで有名な ANJOU というロアールの「白」ワインをゆっくり飲みながら、この言葉を僕は建築の世界に置き換えてみる。 index ![]() |